第58話 アルバイトと動揺
始業式から少しして、左京くんに、翔くん、右京までもがアルバイトを始めた。
詳しくは教えてくれないが、引っ越し屋さんのバイトらしい。
左京くんはともかく、彼にとって理数系はハードルが高いはずだったし、バスケ部のキャプテンにもなったから、倒れないかと心配だった。
平日の授業と部活、休日に試合が入ることだってあるのに、空いている日にバイトまで詰め込む。
――何か欲しいものでもあるのかな。
こんな感じだから、どうしても増えてしまった会えない日々。
置いてきぼりをくらった3人は、テスト勉強という名目で『キッチンTAKIZAWA』に集まった。
水滴がついた水のグラスを真ん中に置いて、メニューを広げる。
女子が3人集まって、勉強になんかなるはずがない。教科書とノートはすでに端に寄せられ、出番がくる様子はなかった。
「今日は美味しいケーキも出せるわよ」
滝沢のおばあちゃんがニッコリ微笑みそう言う。
「ケーキですか?」
「そう。孫がね、上手なの」
「へぇ!じゃあ、私それにします!」
実は甘党の晃が手を上げる。
もちろん、私と千草も同じケーキセットをお願いした。
「「わぁ~」」
運ばれてきたガトーショコラに、三人のテンションが上がった。
白い生クリームとミントの葉。
口に入れた瞬間広がるほろ苦いチョコレートの香り。
「美味しい!!」
「天才っ!!」
はしゃぐ私たちを見て喜んだ滝沢のおばあちゃんが、調理場にいる『お孫さん』に声をかける。
「雪!」
そう呼ばれ、奥から出てきたその人を見て、私たちはもっと驚いた。
白いシャツに、黒いエプロン。
緩いパーマがかけられた黒髪。
背はそれほど高くないが、前髪から覗く綺麗な目もとは、私を含めその辺の女子なんか足元にも及ばない。
「ありがとうございます」
その爽やかな笑顔に私たちは全員顔を真っ赤にした。
「僕も東の卒業生なんだよ」
「そうなんですか?」
「うん。今、何年生?」
「3年です」
「そっか。じゃあ雫と同じか……」
その時のその人は少し寂しそうに見えたから、『雫』という名前が、もしかしたら同じクラスにいる『高松 雫さん』のことかな、とふと思ったけれど言うのを止めた。
「雪さんかぁー素敵!」
「未央?」
「……右京がかまってくれないから、雪さんに会いに来て時間潰そうかな」
「未央っ、だ、だめだよ!」
「……冗談!」
慌てる千草と「気持ちわかるかも」と頷く晃。
「だって寂しいんだもん」
思わず本音が零れた。
「……ねぇ、未央、晃ちゃん」
私が嘆いたあとに、ほんのちょっと出来た静かな間。
千草は私と晃を順番に見てから口を開いた。
「たぶんね、バイトしてるの私たちのためだと思う」
「え?なんで?」
「……あのね、左京くんに誘われたの」
「な、何を?」
「……な、夏休みにどっか泊まりで出かけないか…って」
「えーーーーー!!!」
私の声が店じゅうに響く。
「それっ、それって!」
千草は真っ赤になって、小さく小さくなっていた。ハッとして口を押さえ、今度は出来るだけ小さな声で聞く。
「どうするの?」
「どうしたらいいの?」
「そ、そんなの、私だって一緒だよ!」
「あ、晃ちゃん……」
「……わ、私に振らないでよ」
3人の頭が自然と近づく。
突然知った、彼がバイトをする理由。
嬉しくて堪らない反面、緊張の波が一気に押し寄せる。
何も話せなくなった私たち三人の代わりに、グラスの中の氷がカランと音をたてた。
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