第54話 嘘つきの嘘

『晃。クリスマス・イヴの日、またあそこに行かないか』


 委員会に出ていた彼を待っていたあの日の帰り道、私は彼とクリスマスの約束をした。

 中学生の時に二人で見に行った駅前の大きなクリスマスツリー。

 色とりどりの電飾と、たくさんのオーナメント。

『オーナメントに、こっそり二人の名前書いたの、あれ、まだ残ってるかな?』

 彼は昔のことを思い出して微笑んだ。


 12月24日17:30駅前

 待ち合わせ時間は18時なのに、私はもう1時間もここに立っていて、行き交う幸せそうなカップルをただただボーッと眺めていた。


『……この色、あのマフラーと合うかも』


 手に取った濃紺の手袋を見ながら、この前借りたマフラーを思い浮かべる。彼氏へのクリスマスプレゼントを選びに来たのに、思い浮かべているのが、和浩くんじゃないことに気付き慌てた私は、咄嗟に隣に置いてあった茶色いマフラーを手に取りレジに持っていった。


『陸上部のやつらに、カラオケでクリスマスやるから必ず来いって言われてて。待ち合わせ時間、6時にずらしていいかな』


 今朝、遅らせた待ち合わせ時間まであと15分。


『――これが昨日、これが一昨日、これが……』


 終業式が終わったあと、やってきた未央と千草に渡された小さな紙袋。

 全部で何枚あるのかわからないが、どれも袋の下の方に『ささのベーカリー』と小さく印刷されていた。


 あのクリームパンの真実を初めて知らされる。


『このクリームパンは特に人気で、朝並ばないとほとんど買えないの』

『……毎日だよ?』

『ねぇ、晃ちゃん。本当は自分の気持ちに気が付いてるんじゃない?』

『……だめだよ、晃。嘘ついちゃだめだよ』


 私はバカだ。

 優しい人たちをいつも困らせてしまう。

 私がいなきゃ、みんなあんな顔しなくて済むのに……欲張りな私が、それを寂しいとも思ってしまう。

 どうしようもなくて、地面に目を落とした。


 ――そのすぐあとだった。

 アスファルトの上に落ちる『白』

 ……ひとつ。

 また、ひとつ、と一瞬で消えてしまうそれを見て、私は思わず顔を上げた。


 暗い空から舞い落ちる無数の白い雪。

 それはまるで、あの日儚く消えていった二人の白い息が、姿を変えて現れたかのように柔らかく私のもとに降りてくる。


『思い切り歩け!!』


 頭の中で彼の声が聞こえる。

 ――思い切り歩け。

 思い切り、歩いていいのかな。

 私、思うままに歩んでいいのかな。


 腕時計の針が12を差したのとほぼ同時に駅の時計から音楽が流れる。

 けれど、彼はまだ来ない。


『今日、左京くんのおうちでクリスマスしよう』

『……6時に待ってるから』


 18:05……

 18:07……

 18:10……


 時計の針は無情にもどんどん進む。

 それはまるで、壊れてしまったんじゃないかと思うくらいに速かった。

 同時に騒ぎ出す鼓動。

 目の前に広がる景色が、徐々に降り積もる雪で白く染まっていく。

『あきらー!』

 その白いスクリーンが広がれば広がるほど彼の顔が思い出された。

 もう、嘘は……つけない。


 18:15


「ごめん、……あきら」

 遅刻したことを謝る彼は、私を見てすぐに、私が何を言いたいのかわかったようだった。

 いや、もしかしたら、彼も、昔の二人とは違うことに最初から気が付いていたのかもしれない。

「……俺たち、もう終わってるんだな」

「ごめん」

「……オーナメントも、ほら変わっちゃってるし」

 見上げたツリー。

 確かに、昔二人で見た時と違う飾りが付けられていた。

 彼は、ツリーに目を向けたまま『会いたいやつのとこ行けよ』と言った。


「ごめんね……ご、ごめんなさい」


 彼の横顔に謝ったが、二人の目がもう一度合うことはなかった。


 ……はぁ……はぁ。


 人の波を縫うようにして走る。

 首もとのマフラーが何度も肩から外れて邪魔だ。

『楽しいクリスマスにしよ?』

 そう言って笑ったあの子はなんて可愛く笑うんだろう。

『来ないと許さないよ?』

 そう言って笑ったあの子もなんて可愛く笑うんだろう。


 ――私もなれる?

 あいつの前で。


『思い切り歩け!』

 彼の言葉に背中を押されていたのだろうか。

 薄い雪が積もった、石畳の坂道。

 水分に覆われた歩道は、どこもかしこも私の足を滑らせる。


 何度も何度も転びそうになりながらも、精一杯、彼に向かって走った。

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