第51話 伝えられない本当の気持ち
それは、私と右京が少し遅れて行った日だった。いつものようにその教室の扉を開けると、なぜかそこにいるはずの晃がいなくて、珍しく無口な翔くんと、それを見つめる千草と左京くんのその様子はとてもとても普通じゃなかった。
一時は6人に増えたグループがまた4人になって数週間。
あの日を最後に翔くんもここへ来なくなった。
『晃っ!』
『晃ちゃん!』
『ったく!お昼なんで来ないんだよ、心配しただろ?』
『……晃?大丈夫?なんかあった?』
あの日、我慢できなくて見に行った晃の様子。彼女は、教室の、自分の席に座っていた。
『……晃?』
『私、また和浩くんと付き合うことにしたよ』
『え?』
『みんな、今日までありがとね』
あの時の晃と翔くんの顔がずっと忘れられない。
『な、なんだよ。そっかそっか!』
『……翔』
『うん。――じゃあ、番犬終わり!だな!』
『……うん』
昨日、晃と一緒に帰りたくて千草と二人で誘いに行った。
でも、もう菊地君が迎えに来ていたからか、晃は指で小さくバツを作ると寂しそうに笑った。
その様子を後ろから見守っていた翔くんは、彼女よりもっともっと寂しそうな顔をしていた気がする。
二人はあの日から、口も聞いていないようだった。
「翔くん!」
「……未央ちゃん。何?」
「何?じゃないよ。ねぇ、いいの?!」
「何が?」
「……晃と、このまんまでいいの?!」
「ん?なんのこと?良かったじゃん、あいつ」
そう言って彼はニッコリ笑ったけれど、無理してるのがバレバレだった。
「あのねぇ……」
溜め息混じりに腕を組んでふと下を見た時に、それが目に入った。
「なにこれ」
「ん?……あ、それ、だめだ!!」
彼の鞄の中に沢山溜まっている小さな茶色い紙袋。教科書と教科書の間にぎっしり詰まったそれを、私は思わず奪い取った。
それは、素材がクラフト紙のごくごく普通の紙袋で、下の方に赤で『ささのベーカリー』と印字されている。
「――あ」
すぐに、ピンときた。
どうして今まで気が付かなかったんだろう。
翔くんが晃に渡していたあのクリームパンは、この街に昔からある、ささのベーカリーのクリームパンだ。
彼は、彼女にほぼ毎日渡していたことを思い出したが、手もとにある袋の数はそれよりもさらに多い。
「もしかして今でも毎日買ってるの……?」
私のその問いに彼の顔は再び寂しげなものに変わる。
彼の想いに思わず泣いてしまいそうだった。
だって……このパンは……。
「……毎日買ってるの?」
「うん」
「……毎朝並んでるの?」
「うん。……格好悪いよね」
私は首を横に振った。
別の街から通う晃は知らなくて当然だけど、この街に住んでる人なら誰だって知っている。
ささのベーカリーは、そこのおじいちゃんとおばあちゃんが二人でやっているから、種類や作られる量は少ないけれど、どれもとても美味しくて、夕方には全部のパンが売り切れてしまう。
その中でも、上品な甘さのカスタードクリームが入ったフワフワのクリームパンは一番の人気商品で、開店と同時に売り切れてしまうこともよくある特別なパンだった。
ささのベーカリーが7時30分開店だったことを思い出す。
急に下がった最近の気温。
「買っても渡してないでしょ」
「うん。結局、毎日自分で食べてる」
「そっか」
「うん。バカでしょ?でも止められないんだ。もう飽きるくらい食ったのに」
「バカじゃないよ。……バカなんかじゃないよ」
「……あの日の、あいつの笑った顔が忘れられないんだ」
彼の溢れる想いのように、私の瞳から涙が溢れた。
「ありがと、未央ちゃん」
彼はそう言って微笑むと、私の方に背を向けた。
その背中はまるで泣いているようで、私は辛くて堪らなかった。
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