第49話 番犬

 教室を出て、廊下を歩いていたら前から二人がやってきた。

 真っ直ぐ歩く晃ちゃんと、彼女の横を右に左にと移動しながら歩く翔くん。


「犬みたいだな」

 左京くんが笑いながらそう言った。

「うん。でもただの犬じゃないよ?」

「ん?」

「番犬だよ」


 そう顔を合わせて笑っていると、やっと私たちに気がついた二人が駆け寄ってきた。

 笑う私たちを見た二人が、不思議そうに問いかけてくる。

「なに?」

「うん、翔くんがね」

「俺が?なに?」

「西村の番犬みたいだなって話してたんだよ」

「翔が私の番犬?」

 驚いた彼女は、横目で翔くんを見る。

 すると、彼は嫌がりもせずにニコニコ笑ったあと、『ワンっ!』と吠えた。


「お手!」

「こら、晃、調子に乗るなよ!」


 晃ちゃんのこの変化は、きっと翔くんのおかげだと、目の前で彼女にじゃれる彼を見て思った。

 また今日も彼女の手にはいつものクリームパン……

 叶うといいのに。

 届くといいのに。


 ……私はこっそりそう願った。


「千草、翔ばっかり見てるとこっちの番犬が怒るぞ?」

 耳元でそっと囁かれたその言葉に驚いて、彼を見上げると、左京くんはニッコリ笑ってから『ワン』と言った。


 その瞬間の私たちは、幸せなその時間を、とても騒がしく過ごしていたから、ゆっくり近づいていたその人の足音に全く気が付かなかったんだ。


「……晃」


 階段の踊り場。

 下から上がってきたその人は、左京くん並みに背が高くて、日に焼けた顔と、低い声が印象的な人だった。

 左京くんと、翔くんの止まった足。

 晃ちゃんの固まる後ろ姿。


 ――もしかして。

 ――もしかして。


「……和浩くん」


 予感は的中する。

 その彼は、晃ちゃんの方だけを見て言う。


「……久しぶり」


「久しぶりじゃねぇだろ!!」


 一瞬の静寂のあと、翔くんがキレた。

 その人の胸ぐらを思い切り掴んで彼は怒る。


「久しぶりじゃねぇよ!!どの面下げて出てきてんだよ!!」


 そんな彼を見たのは初めてだった。

 いつも笑っている人だからか、彼の怒った顔はまるで夢みたいだったけど、隣の左京くんが二人を止めに入ったから……やっぱり現実なんだと思い知らされた。


「……晃、少し話せるかな?」


 乱れた制服の胸元を直さないまま、彼はそう言った。

 あの時、『先に行ってて』と笑った彼女の顔が忘れられない。

 あの時、無理にでも手を引いて、行かせなければ良かった。


 あの日から、また本当の晃ちゃんが消えてしまったから。

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