第43話 現れた味方

 それは、いつものように、屋上で時間を潰したあとだった。

 階段を下りて教室に戻ろうとしたら、なぜか隣のクラスに人だかりが出来ている。

 何かあったのかと少しだけ気になったけれど、茉由のクラスだったからそのまま通り過ぎようとした。


『塩田、とりあえず西村の髪留め返せ』


 耳に飛び込んできた自分の名前。

 ハッとして思わず中を覗き込んだ。

 教室の前に立っている橘右京と橘左京、水沼さんと高木さん、そして……翔、彼らは全員で茉由に向かっていた。


 茉由がポケットから出したのは、無くしたと思っていた私の髪留め。

『……あった』

 思わず前に立つ人たちの間に手を差し込むと、私に気付いたその人たちは驚きながら横にずれた。

 広がる視界、見つけた髪留め。

 そうホッとしたのも束の間、それはすぐに無惨な姿に変えられてしまった。

 バラバラに解れたその姿。

 それはまるで、私自身を表しているようで、言葉が出なかった。


 もう直せない。

 もう戻らない。


 ――私には何もなくなってしまった。


 押し寄せる喪失感。

 急に感じる孤独。

 私は、もう……気持ちを保つことが出来ない……そう思った。


『私は、ちゃんと西村さんに謝る。謝ってちゃんと友達になるから。だから、次、彼女に意地悪なんかしたら絶対許さない』


 バラバラの髪留めを手に包んだ水沼さんが言い切ったその言葉に、思わず顔が上がる。


『わ、私も許さないから!』


 あの日と同じように、悪意に対抗する高木さん。


『俺も許さないからな!』


 螺旋階段で私を心配そうに覗き込んだ橘右京も、そう声を上げる。


『高木と水沼になんかしても許さないから』


 静かにそう言った橘左京も、横でひたすら頷いている翔も……みんな、私のために動いてくれたんだとわかった。


 何よ、これ。

 ヒーローみたいじゃない。

 こんな青臭いの、こんな友情ごっこ格好悪いからってずっとずっと避けてたのに。


 何よ……すごく格好いいじゃない。


「……西村」


 私に気付いた翔はすぐに目を見開いて驚く。


 音もなく溢れだした涙は、頬を伝い、制服の胸のあたりに落ちては染みを作る。

 それは、どんどん浸透していき、渇ききった私の心に降る恵みの雨になった。


 ***


 いつもの屋上なのに、いつもと違う。


「ちゃんと取り返せなくてごめんね」

 私の手に戻ってきた髪留めは、もう使えるような代物じゃなくなってしまったのに、なぜか、もうそんなに辛くなかった。

「……ううん。ありがとう」


 また涙が溢れた。


「お前はバカだ。これからも一人で我慢してたら許さないからな!」


 そう言って、翔が私の頭を軽く叩いた。


 こんなに泣いたのはいつ振りだろう。

 私の背中にある彼女たちの手と、そっと見守る彼らの目が、あまりに優しく温かくて、涙が止まらなかった。


 一緒に入学した彼と、毎日幸せに過ごせると思ってた。


『仲良くしようね!』と近づいてきた茉由が、いつからか私と同じ香りになって、同じような仕草をするようになったけれど、友達が出来るってこんな感じかと、思って嬉しかった。


 入学してすぐに彼の記録が伸びなくなった。


 私に側で見ていられるとキツいと言うから、場所を屋上に移した。


『大会に集中したいから』そう言われたから我慢した。ニコニコ笑って、『頑張って』と繰り返した。


 だけどあの日、彼が夏の大会で、いい成績を出したって聞いたから……お祝いに花束を持っていった。

 また前みたいに一緒に過ごせると思ったから。


 彼の家の玄関がいつも開いてるのは知っていた。

 久しぶりの彼の家が、嬉しくて、靴を並べるのも忘れて入ったから、女の子の靴があるなんて気付かなかった。


 階段を上がって右奥の彼の部屋。

 少しだけ開いていたドアから、彼の好きなバンドの曲が聞こえた。



『和浩くん!』



 ――落とした花束から、ガーベラがこぼれた。


 私が『初めて』を過ごした彼のベッド。

 あの日、そこで絡み合っていたのは、彼と……茉由だった。


 逃げるように帰ったのに。

 パニックなのはこっちなのに。

 なぜか夏休みあけ、『茉由の好きな人に色目を使って奪おうとしていた女』というレッテルを貼られていた。

 あることないこと噂され、居場所があっという間になくなった。


 彼と話をすることも出来なくなった。

 彼すら助けてくれないのに、他に私を救ってくれる人なんているわけがない。

 一年間、この一年間ずっと私の時計は止まったままだった。


 青臭いのも、みっともないのも嫌いだった。


「ありがとう」


 嗚咽と共に伝えたその言葉は、全然スマートに言えてない。

 涙でグシャグシャの私はちっとも格好よくない。


 けど、だけど……。

 そんなちっぽけなこだわりなんて、どうでも良くなってしまうほど大切なものを――私は今、見つけた。

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