第42話 悪意

 前のドアから教室を覗いた時、塩田は窓辺の後ろ側で何人かと喋っていたのに、俺にすぐに気が付き、靴音をパタパタ響かせ近付いてきた。


「右京くん!!どうしたの?!」


 クラスの連中が一斉にこっちを向いた。


「未央ちゃん、まだ私たちのこと怒ってるかな」


 意味深なセリフを、絶妙なタイミングで、しかも周りに聞こえるようなトーンで話す。目を合わせたり、ひそひそ話す周りの反応はきっと、塩田にとって好都合。こいつの思う壺なんだろう、そう思った。


「……いや、怒ってるっていうか、もうダメかも、俺ら」


 用意したセリフを言ってみた。

 うまく言えたかどうかわからなかったが、直後の彼女の返答が予想していたものとそっくりだったから内心ホッとした。


「……未央ちゃん、右京くんのことやっぱり信じてないんだね」

「……」

「私だったら、そんな風にならないのに」

「……塩田」

「やだ、私ったら!みんな聞いてるのに!」


 両頬に手を当てて俯く仕草。

 周りの奴等はさらにひそひそ話し出す。

『右京くん、未央と別れたの?』『茉由と付き合うの?』口々に交わされるその内容に、俯いた塩田がニッコリ笑ったのがわかった。


「右京くん」


 次の瞬間、彼女は意味ありげに一歩近付き体を密着させた。


「右京くん……あたしなら、未央ちゃんと違って右京くんをちゃんと信じるよ」


 クラスの連中がさらにざわついた。

 これが彼女のシナリオ通りなのか、彼女の表情は分かりやすい程に嬉々としていった。


「……塩田」

「なに?」

「……菊地と西村のこともこうやってぶっ壊したの?」


 わざとボリュームを上げた声。

 ざわついていた周りの奴等は一瞬で静かになった。


「……な、なんのこと?」

「あれ?知ってるよな、菊地。陸上部の菊地だよ。付き合ってんだろ?」

「……も、もう別れたの 」


 急に歯切れの悪くなった塩田。

 それを俺は見逃さなかった。

 廊下から、未央に高木、左京と森口まで現れると、さらに周囲の視線がこっちに集中した。


「塩田、とりあえず西村の髪留め返せ」


 そう言って左京は広げた右掌を彼女の目の先に出す。

『あれは私のっ……!』そう、しらばっくれようとする彼女に、さらに、左手に持つあるものを突き付けた。


「これ、西村の中学の時の写真。ゲットするのなかなか大変だったんだ。ほらこれ、この髪留めと一緒だろ?……似てるだけだ、とか偶然同じ、とか通用しないから」


 言い切る左京の声色は俺ですら聞いたことない程に冷たくて、手強い塩田ですら泣くんじゃないかと思った。


「塩田さん……西村さんに謝って、許してもらおう……?」


 俯く塩田を目の当たりにして、耐えられなくなった高木がそう声をかけた。

 塩田は、ブレザーのポケットに手を突っ込み、諦めたように取り出した髪留めを左京の掌の上にかざした。


 そこにいた奴なら、みんな塩田の負けを確信していただろう。

 それなのに――。


 ……カシャン。


 左京の掌の横、わざと落とされたそれは、微かな音を立てて床に転がる。

 みんなの視線が一瞬で床のそれに奪われた。

「ちょっとなに落として――」

 拾おうと、少し屈んだ未央の目の前。


 それはまるでスローモーション。

 塩田は右足を髪留め目がけて真っ直ぐ下ろした。


 ……カシャッ。


 次に見えた姿――それは、ガラス玉が2つ取れ、留め具も歪んで壊れた姿だった。


「な、なにすんの?!」


 体勢も戻さないまま怒る未央。

 そんな彼女を見下ろしながら笑ったあいつは、相当怖い女だと思った。


「晃ちゃんが嫌いなの。全部持ってます、余裕です、みたいな感じ」

「……た、……ただそれだけで意地悪したの?」


 信じられないといった高木の瞳。

 左京はそんな彼女の肩をそっと支えた。


「それだけだと悪いの?」


 そのあと塩田が話した理由。

 それはあまりに身勝手なものだった。


『西村がダントツだろ!』


 入学してすぐ、可愛いのは誰か騒ぐ男子。

 私が一番になりたかった。

 だから近付いた。

 彼女みたいになったら人気者になれる。

 素敵な彼氏も、たくさんの友達もきっと出来て、チヤホヤされる。

 だからとにかく真似をした。

 シャンプーも髪型も、なにもかも。

 私はちゃんと努力したのに。

 ちっとも願いは叶わない。

 それなのに!努力なんてなにもしてない彼女は、きっと周りからチヤホヤされて過ごしていくんだ。

 そう思ったら、面白くなくて仕方なかった。


「だから取ったの彼氏。友達も出来ないように噂流してやったら、面白いくらい簡単に壊れてったよ!」

「右京くんか左京くんと付き合ったら、やっと私が一番だったのに!」


 未央と高木をも標的にした、あの時のあいつの顔は怖いなんてもんじゃなくて。

『女の子には優しくしなきゃだめよ』と言う母さんの言葉にも、例外があると心底思った。


「――茉由」


 壊れた髪留めをかき集めた未央が、塩田の前にゆっくりと戻る。

 俺だってちょっと怯んでいたのに……。

 未央は真っ直ぐに塩田の目を見ると言い放った。


「私、茉由の噂に踊らされた一人なんだ」


「だから、私はちゃんと西村さんに謝る」


「……謝ってちゃんと友達になるから」


「だから、次、彼女に意地悪なんかしたら絶対許さない」


「それ、忘れないで」


 自分の彼女が、未央で良かった。

 俺なんかよりずっとずっと格好いいと思った。

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