第36話 幼き恋心

『俺の好きな色だけど』


 そう言って渡された青い髪留め。

 初めて彼と会ったのは中学の入学式。

 隣の席の日焼けした横顔は、まだまだ幼くて、その人と恋をするなんて思ってもみなかった。


 陸上競技大会の当番校で、急に担任に頼まれた記録係の仕事。

 周りの女子が『男好きだから』だと、こそこそ噂した。

 面倒だった。

 やりたくなかった。

 大会開始直前まで……ううん、あの瞬間まで私は嫌々だった。

『あ、出てるんだ』

 記録簿に名前を見つけるまで、彼が出てることも知らなかった。

 ――彼が同じクラスだったから。

 真剣に見てみようと思ったのは、ただそれだけの理由だったのに。


 いつもは子供っぽい彼が、トラックのスタートラインに並んだ途端見せた真剣な顔。その真っ直ぐゴールを捉える横顔に、目が離せなくなったんだ。


 スタート前の静けさ。

 鳴り響くピストル。

 駆け出す足の音。

 少し離れたこの席までも、彼の息づかいが聞こえてくる気がした。


 彼が一番に切ったゴールテープ。

 思わず立ち上がった私に気づいた彼が、私に向けて拳を高く上げた。

『西村!次のも一位だったらジュース奢って!』

 近寄った彼はそう言って笑う。

『そんな、いくつも一位なんて取れないでしょ』

 強がってそう言ったけれど、心の底から応援した。

 がんばれ。

 がんばれ。

 一位取れって。


 そしてそれから少しずつ、私たちは本当に少しずつ恋を始めていった。

 私の初めての告白も。

 初めてのデートも。

 初めて手を繋いだのも。

 あらゆる初めてを彼とした。


 相変わらず友達はいなかったけど、彼がいたから毎日過ごせた。

 そして、彼から貰った初めての誕生日プレゼント。

 それは決して高いものじゃなくて、中学生のお小遣いで買えるものだったけど、彼が好きだと言ったアイドルの髪が長かったから、ただそれだけの理由でこっそり伸ばし始めた髪の毛に気が付いてくれたんだと嬉しかった。


 陸上部が強いこの学校。

 家から近いことも理由のひとつだったみたいだけど、一緒に受けようと言ってくれた時は嬉しかった。

 同じ中学から、この高校に進む子はそんなにいなかったけれど、私には彼しかいなかったから、そんなの全く気にならなかった。


 同じ高校に無事入学出来て、またこれから色んな思い出を重ねていくんだと思っていた。

 例えクラスが離れたって、会う時間が少なくたって大丈夫だと思ってた。


 彼の記録が伸びなくなって、腐ってる時だって、何とか笑ってほしいと思った。

 かわりに私が笑っていればいいとも思った。


 私が好きな色の花を持っていったのは、邪魔しないように寄り添いたかったから。

 ただそれだけだったの。

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