第34話 迫る

 あれは5時限めの体育のあと。

 着替えを済ませ、更衣室を出てすぐのことだった。


「未央ちゃん!」


 聞き慣れない声に振り返ると、あの子はそこにいた。

 ゆるく2つに結んだ長い髪。色白で、くりっとした目。制服の袖を軽く摘まんだ両手。


『……あれ、この子』


 甘い香りのするその子は、大事な話があると言って私の腕を引っ張った。


 ***


『右京!右京!右京!!』


 どこに行ったの!?

 嬉しいニュースがあるのに!

 今すぐ伝えたいのに!


『……今日は左京くんと先に帰ってもいいかな?』


 真っ赤になってそう話す千草と、隣で笑う左京くん。


『……うん、もちろん』


 努めて普通にそう答えたけれど、二人の空気がいつもと違う気がしてならなくて、すぐにこそこそ後をつけた。


 下駄箱まではいつも通り。

 ただ並んで歩いているだけ。

 距離もいつもと変わらない。

『気のせいか……』そう思って引き返そうとした。部活もあるし。着替えなきゃ。

 そう思ったその瞬間。

 最後になんとなく二人を見直したその瞬間。


 ちょうどその時。

 左京くんがそっと千草の手を取った。


 繋がる手と手。

 目を見張る周りの反応。

 千草が照れていることは、後ろ姿だけでも十分わかった。


 ……嘘!嘘?!


 自分のことのように嬉しくて、右京にもすぐに知らせてあげたくて、部活前のあいつを探す。

 教室。

 体育館。

 購買。

 思い当たる順に行ってみる。


「ったく。どこにいるのよ」


 どこにもいない彼を探して、結局また体育館裏の中庭に戻ってきてしまう。

 走り疲れて、ふっと上を見上げたその時だった。


 右京お気に入りの螺旋階段。

 私以外の女の子は一緒に来てないって言ってたのに。

 右京の隣に立つ長い髪の後ろ姿。

 なにか話しているのだろうが声までは聞こえない。

 ただ、右京の表情は、心配そうにその子を覗き込んでいて、ただ事じゃないことだけがわかる。


 誰?

 誰?


 次の瞬間、右京がその子の腕をパッと掴む。

 その手を押し返し、顔を背けた彼女。

 その時やっと顔が見えた。


 ……あ。


 思わず木陰に隠れた私は、あの子の言葉を思い出す。

『晃ちゃん、次は右京君を狙ってるみたいなの。私、未央ちゃんが心配で』

 ひんやりと冷たい木の幹よりも、さらに冷たくなる指先と、ぐるぐる回るその言葉が、私の体を硬直させた。

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