第33話 余熱

『このままサボっちゃおうか?』


 少し前、私の頭に顎を乗せたまま彼はそう呟いた。


「だめだめ!だめだよ!」


 慌てる私に、彼は『冗談だよ』と目を細めて微笑むと、私の前髪をくしゃくしゃっと撫でた。

 大きな手のひらと、優しい眼差しはいつもと全く同じはずなのに、何故かいつもより少しイタズラっぽさと甘さが増している気がした。

「行こっか」

 当たり前のように手を出した彼。

 戸惑いながら出した私の手を、彼は掴む。

 さっきとまるで同じ行為……だけど、さっきとは全く違う。

 繋いだ手と手の間に包まれた『好き』という事実が柔い熱に変わって、二人を変えた。


 先生が遅れていて良かった。

 まだ騒がしい教室の前、離した手とよそよそしい二人。

 私達を気にする回りの視線に気がつかない振りをして、然り気無くその中に溶け込んだ。


 席についても、先生がきても、授業が始まっても、私の体は熱いままだった。


 ――左京くんに気持ちが伝わった。


 一つ一つ整理しようと、こっそり深呼吸する。

 好きか聞かれて……

 好きだと言って……

 私……彼を引き止めたくて……


 頬がカーッと熱くなる。

 両手で頬を隠すと、いつの間にか冷たくなっていた指先に熱が伝わるようだった。


 ――手


 左京くんに包まれたこの手。

 そしてそのあと……

 抱きしめられた記憶まで到達した私の心臓はドキドキと激しく動く。

 そうかと思うと、きゅうっと胸が締め付けられ、息が苦しくなる。

 どうしていいかわからない。

 伝わった気持ち。

 繋がった気持ち。

 ほんの少し前の記憶を辿っているはずなのに、なぜか実感が湧かない。

 記憶もなぜか、おぼろげで、夢でも見ていたんじゃないかとさえ思ってしまう。


 教科書で顔を半分隠し、誰にもバレないようにそっと彼の方に目をやる。

 夢なんかじゃないと思いたかったのと、ただ我慢出来なかったのと両方……。


 窓からの光に照らされる彼の横顔をそっと見る。


 けれど、机の下でこっそり携帯を触る落ち着いた彼の横顔に、私とは違うのかと少しだけ残念な気分になった。


 浮かれてるのは私だけ?そう思ったその時だった。


 ブレザーのポケットで静かに震える携帯。

 こっそり見てきゅんとなる。

 開く前に分かるそのメッセージ。


『今日一緒に帰ろ?』


 先生の様子をチラチラ確認しながら返信を打つ。


『うん。でも結構一緒に帰ってるよ』


 既読マークから、次のメッセージまでの時間がもどかしい。

 なかなか返ってこない返事に、自分が送った言葉にダメなところがなかったか何度も見直した。

 けれど、その直後、再び浮かび上がる吹き出し。


『二人でってこと』


 真っ赤になって途切れた私の返信と、さらに受信される彼からのメッセージ。


『好きだよ』


 思わず彼の方を見る。

 するとすぐにまた現れる吹き出し。


『あとで俺もちゃんと言うから』


 またまた熱くなる体。

 指先も、爪先も熱い。

 耳もまた赤くなってるだろう。

 また彼から目が離れない。


 そんな私に気が付いた彼と目が合う。

 唇を『あとで』と動かした彼の耳も真っ赤に染まっていることが堪らなく嬉しかった。

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