第32話 嘘つき
後ろの方でドアの開く音がした。
いつもそう。彼は決まって同じ登場。
流行りの曲の鼻歌を歌いながら現れる。
それはいつも、きっと普通に歌を歌っても上手いんだろうと思わせるクオリティだったけれど、調子にのるから、一度も口に出したりはしていない。
「校門前で告白したって噂になってるよ」
そう言うと翔はニコっと笑い、隣に並んだ。
「西村、ここ好きだよな」
夕方の屋上。
だいぶ冷たくなった風が二人の髪を撫でた。
目の前に広がるグラウンド。
あの日、ここから見える景色が好きだった。
「嫌いだよ」
また1つついた嘘。
私は毎日嘘をついている。
けれど、翔は何も言わずにまた笑った。
「で、千草ちゃんとはうまくいきそう?」
話を変えようと彼が思いを寄せる彼女の名前を出してみる。
いつものお調子者がそこにいると思ったのに。
「彼女が誰を見てるかなんてとっくに分かってたんだ」
真っ直ぐ前を見てそう話した彼の横顔に、あぁ、彼も嘘つきなのかと、そう思った。
『未央を悪く言わないで!』
翔のあの子が、あの日叫んだ言葉。
そんな子だと思ってなかった。
偶然居合わせたトイレで聞こえてきた悪口にイライラしたけれど、面倒なことには関わりたくなかった。
だからスルーしてしまおうと扉に手をかけた。
一生懸命に友達を守る姿と、作られたみたいに奥の扉から出てくる本人の姿。
抱き合い泣きじゃくる二人の姿は青臭くて格好悪い。
……そう思うようにした。
あの日、頬を打たれた私を心配そうに覗きこんだ彼女。
その瞳には嘘が欠片もなくて、泣きじゃくる様子にも嘘なんてこれっぽっちも見えない。格好悪いのは……可哀想なのは私の方だと思う気持ちに無理矢理蓋をした。
「振られたんだー」
また翔は笑う。
お昼休みに彼女からハッキリと振られたらしい。
「橘 左京とくっついちゃった」
「……」
「なんか言えよ」
昔からあまり友達のいない私は、こういう時にかける言葉を知らない。
だから何も言えなかった。
それなのに――『ありがとう』と翔はまた笑った。
『彼を取らないで。晃ちゃんは何人もいるみたいだけど、私は彼だけなの』
あの日のあの子のセリフが蘇る。
あの時、立ち尽くすだけの私の代わりに、あの子を責めてくれる誰かが私にもいたら、もし一緒に泣いてくれる誰かが私にもいたら、少しは違ったのかな。
でもそんなこと、どれほど考えてもわからない。
『晃ちゃんってすごいキレイだね!』
綿あめみたいな甘い香りで、コロコロと表情が変わるあの子と知り合ったのは入学式の次の日のことだった。
中学生の時から、なんとなくまわりと距離があった私に、話しかけてくる子なんてほとんどいなかった。
話しかけてきたかと思うと、何とか君と喋らないでとか、何とかで、毎日が面倒だった。
だから私は嘘をついた。
友達なんかいらない。
それでも毎日楽しいわ、と。
どれが嘘でどれが本当かわからなくなるほど嘘をついた。
だから……
だからあの時は、あの子が、いつも私のそばにきて『晃ちゃん晃ちゃん』と呼ぶのを、幸せだと思った。
初めて出来た女の子の友達、初めて感じた、くすぐったい気持ちは特別なものだと思ったんだ。
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