第31話 重なる体温

 こんなことするつもりじゃなかった。

 だけどもう抑えきれなかった。


 壁際に閉じ込められた彼女は、明らかに困っている。

 瞳は真っ直ぐ俺を捉えているけれど、少しだけ開いた唇から言葉が出てくる様子がない。

 それどころか、溢れだした彼女の涙を目の当たりにした途端、俺は酷く後悔した。


 ――怖がらせた?


 精一杯込めていた左腕の力が抜けた。


「ごめんな」


 他に言葉が見つからない。

 彼女もきっと俺のこと……そう思っていたのはただの自惚れだったのか。

 向けられる笑顔が特別なものだと、自信を持ち始めていた自分を後悔することになるなんて思ってなかった。


 ――ただの独りよがり。


 突き付けられた彼女の答えに、背を向けることしか出来なくて、こんなにも情けない自分がいることを知った。


 授業の開始を知らせるチャイムが『終わりだよ』と言っているみたいで、耐えられなくなる。

 頭の中が全然追い付かない。

 けれど、無理矢理に1歩を踏み出そうとしたその時だった。


「……左京くん」


 俺を呼ぶその声と、背中に感じる小さな衝撃。そして、同時に腰に回された彼女の両手……。

 後ろから急に抱きしめられて、一気に背中が熱くなる。それは彼女の体がすごく熱いからだとわかった。


「……た、高木?」


 慌てて顔だけ振り向くと、彼女の耳が真っ赤になっているのだけが見える。

 ――背中に伝わる熱。

 俺の体温もそれに反応してぐんぐん上がっていくようで正直戸惑った。


 そのすぐ次の瞬間。


「……好きです」


 俺の背中に顔を埋めたまま、涙混じりのかすれた声で話し出す。

 もう充分高い彼女の体温が、さらに上昇するのがわかった。

 背中に伝わる彼女の声も、熱くて熱くてたまらない。


「高木……」


 彼女からの精一杯な告白と、上がりすぎた自分の体温。

 二人が交ざり合うようなこの感覚に、身体中の血液が沸き上がるんじゃないかと思った。


 顔が見たい。

 顔が見たい。


 けれど、振り返ろうとする俺を彼女は許さない。回した手が震えているのがわかる。


「……左京くんが好きなの」


「左京くんを好きなの」


「ずっと、左京くんが好きだったの」


 彼女からの告白。

 抑えきれない嬉しさが俺の体を動かした。

 腰に回された彼女の両手を包み込み、優しく外す。ゆっくり振り向くと、真っ赤に色づく彼女が見えた。


 潤んだままの瞳で俺を見上げる彼女。

 ……もう我慢なんて出来なかった。


 思いきりこの腕の中に彼女を閉じ込める。

 華奢な体は、びっくりするほど俺の中にすっぽり収まった。


「さ、左京くんっ!」


 慌てる彼女を離すつもりは全くない。

 桜色の頬と潤んだ瞳。

 まだ真っ赤に染まったままの耳。

 この早い鼓動は、俺と彼女、どっちの音だろう。

 それほど近付いたことに嬉しくて思わず口角が上がってしまう。

 可愛いこの子を誰にも見せたくなくて、自分のものだと確信したくて、抱き締める腕に力を込めた。

「……左京くん」

 彼女が俺を呼ぶ。

 ただそれだけなのに、これまでより何倍も何倍も照れくさかった。

「あ、あのね、誰か来たら……チャイムもなっちゃったし……」

 そう慌て始めた彼女をさらに閉じ込めて、幸せを噛み締めた。


 俺って意地悪かな。

 彼女の照れる顔をもっと見たかった。

 腕を少し緩めると、顔を上げた彼女と再び目が合う。

「教室に戻るって思った?」

「あ、あの、でも……もう」

「わかってる、わかってるけど。でもまだだよ、高木」


 胸の中、固まる彼女に問いかけた。


「……俺が好き?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る