14. シルヴィ司教
ヤガザンたちと別れ、行き先も分かったヴァネッサは、ほどなく内城区の門へたどり着いた。
予想どおり、ここでは一度足止めされた。警備もほかの二つの区域よりはるかに厳重だったが、根蔵教会の通行証を見せると、問題なく通してもらえた。
そして内城区へ足を踏み入れたヴァネッサの目に映ったのは、それまでとはまるで違う街の光景だった。
整然と計画された建物。広く清潔な街路。さらには目立つ案内板まで各所に設置されていた。中城区や外城区のように、入り組んで混乱した様子はなく、あちこちでは治安隊の小隊が絶えず巡回していた。
道を行く者たちも、薄汚れた住民や血気の荒い冒険者ではなく、堂々と歩き、顔に余裕のある笑みを浮かべた地位のある者たちへと変わっていた。
さらにヴァネッサは、内城区の地下から微かなエネルギーの波動が伝わってくることにも気づいた。おそらく何らかの大規模な結界か障壁だろう。防備はかなり念入りに整えられているようだった。
明らかに、内城区は各勢力や組織の指導者、そして強者のために設けられた区域だった。
ここまで来て、ヴァネッサはようやく、この街の中心部も少しはまともに見えると思った。
法律も制度もろくに機能しない、暴力が支配する土地ならば、力ある者が上に立つのが当然だ。淘汰をくぐり抜けて残った精鋭たちのほうが、規律を築き、荒野の魔獣の脅威にも対処できる。
弱肉強食。
それは場所や種族を問わず通用する法則だった。
ヴァネッサがそんなことを考えている間にも、すれ違う者たちは皆、探るような警戒の目を向けていた。
普段見かけることのない、厚い外套で全身を覆った大柄な未知の種族が突然現れたのだ。警戒するなというほうが無理だった。誰もが密かに彼女を観察していたが、わざわざ前へ出て愚かな真似をする者はいない。ここに出入りできる者は皆、それなりの分別と実力を持っている。
数多くの知性種から遠慮のない視線を向けられ、堕天使族としての誇りを刺激されたヴァネッサは、不愉快そうに小さく鼻を鳴らした。胸を張り、顔を上げたまま堂々と、自分の目的地へ向かって歩いていく。
ほどなくして、案内板を頼りに、神々の国がこの地に構える拠点へ無事たどり着いた。
縦横に配置された数棟の平屋が建ち並び、それぞれが長い回廊で結ばれていた。全体として、開放的な大規模な教会区画を形作っていた。
入口に立てられた簡素な木の看板には、大きくこう書かれている。
根蔵教会。
中では布の法衣をまとった見習いの修行者たちが授業を受けており、一般の人々を相手に治療や救助を行う神官の姿もあった。さらに重い鎧を身につけた騎士たちが、広場で汗を流しながら鍛錬に励んでいる。
その中でヴァネッサは、軽装で、訓練用のズボンを身につけた二人の苦行士が、指先だけで身体を支えて逆立ちしており、その身には濃厚な大地の気配がまとわりついているのを目にした。その気配と、あまりにも苛烈な修行法に、ヴァネッサは強く警戒した。
双子教会における戦力の象徴が光騎士と闇騎士であるように、苦行士もまた根蔵教会を象徴する特色の一つだった。
「こんにちは。魔法使いのヴァネッサさんでしょうか?」
ヴァネッサが辺りを観察していると、穏やかな笑みを浮かべた中年の男性神官が、まっすぐこちらへ歩いてきた。丁寧に頭を下げて挨拶した。
「そうよ」
「ああ、それはよかった。シルヴィ司教がお待ちです。どうぞ、こちらへ」
中年神官の言葉に、ヴァネッサは疑念を抱いた。その場から動かず、問い返す。
「シルヴィ司教は、どうして私が来ると知っているの? それと、あなたは誰?」
案内しようとしていた中年神官は、その言葉を聞いて足を止めた。ようやく気づいたように振り返り、申し訳なさそうな顔を浮かべる。
「失礼しました。少し気が急いていたようです。私はスーヘルト。根蔵教会の牧師です。先ほどヴァル隊長がシルヴィ司教を訪ねてこられまして、それで、あなたがようやくバロア大城へ到着されたことを知ったのです」
未知の強者が城へ入った以上、あのヴァルという隊長は、すぐさま身元を確認しに来たらしい。どうやら相当に職務に忠実な男のようだった。
少し考えれば、おおよその事情は理解できた。ヴァネッサはそこでようやく警戒を少し解き、うなずいた。
「分かったわ。それじゃ、案内をお願い」
厚い外套で全身を覆い、姿さえろくに確認できない見知らぬ者が訪れたにもかかわらず、素朴なこの教会に大きな騒ぎが起きることはなかった。
巡回警備中の騎士たちが何人か視線を向けた程度で、案内役がスーヘルトだと分かると、皆わずかに会釈してそのまま通した。
根蔵教会全体は、一見するとどこか統制が緩いように見えた。だが実際には、見えないところで一定の秩序が保たれ、それぞれが自分の役割を果たしながら、極めて効率よく動いていた。
まるで大地そのもののようだった。
見た目には何の変哲もないが、その内側には、豊かで力強い生命力が秘められている。
一通り観察したヴァネッサは、心の中で根蔵教会に「要注意」という評価を下した。
知性種の教会が持つ力を、これほど間近で強く感じるのは初めてだった。
これまで両者が出会うのは、荒野の僻地か、あるいは迷宮城の中くらいだった。そして出会えば、互いに命を懸けて相手を殺そうとする。今のように、これほど平穏に接触していること自体が信じがたい。
すべての変化は、人魔王の台頭から始まった。
二人の人魔王が、大変革をもたらす要因の一つとして広く認識されているのも、やはり理由があってのことなのだろう。
ヴァネッサが心の中で感慨にふけっていると、スーヘルトの穏やかな声が届いた。
「ヴァネッサさん、シルヴィ司教はこの中にいらっしゃいます。ここから先はご自由に。私はお二人のお邪魔をしないよう、これで失礼いたします」
そう言うと、スーヘルトは両手を交差させ、軽く肩を包むようにして礼を取った。そのまま静かに立ち去っていく。
ヴァネッサも小さくうなずいて応え、振り返ると木の扉を押し開けた。
それほど広くない執務室だった。
固く突き固めた土と無垢材を組み合わせた壁は実に素朴で、そこからは大地の自然な香りがほのかに漂っている。生命力の強い小さな植物まで、壁のところどころに生えていた。
脇に開け放たれた窓からは、金色の光が床いっぱいに差し込んでいる。時折、虫の声や鳥のさえずりも混じり、素朴で自然な光景が心に穏やかな安らぎを与えていた。
シルヴィ司教は、その静かな景色の中に立ち、客人を迎えていた。
相手の姿を目にした瞬間、ヴァネッサは思わず一瞬固まった。目の前にいたのは、なんと一人のドワーフだった。
身長は普通の人間の三分の二ほど。ゆったりとした法衣をまとっていても、その下にある分厚い筋肉までは隠しきれていない。
ドワーフらしい豊かな髪は後頭部で大きく逆立つように広がり、全身から剛健な力強さが漂っていた。人のよさそうな顔には、長年笑ってきたことを物語るような皺が幾重にも刻まれている。
一般に、ドワーフ系種族の大半は四正教を信仰しない。むしろ太古から伝わる別の神霊を信仰する傾向が強かった。
その神霊たちはすでに消え去り、現世には存在しないのではないかという説もあるが、それでも彼らの信仰が揺らぐことはない。
だからこそ、ヴァネッサは驚いたのだ。
四正教へ改宗したうえ、さらに一地域を任される司教にまでなっている。それはつまり、大司教をはじめとする教会上層部も、目の前の女ドワーフの信仰が本物であると認めているということだった。
「こんにちは、島から来たお客人。予定より一年も遅かったので、私たちも、あの方もずいぶん心配していました」
シルヴィ司教は挨拶しながら片手を差し出した。声は低く嗄れていたが、不快な響きではない。
その短い言葉の中には、三つの示唆が含まれていた。
島。
一年。
あの方。
それだけでヴァネッサには十分だった。目の前の女ドワーフが、本当に根蔵教会のこの地域を任された司教であることを確信できた。そうでなければ、これらの事情を知る資格などない。
「こんにちは、シルヴィ司教。心配してくれてありがとう。本当に申し訳ないわ。途中で予想外の事故に遭って、身動きが取れなくなっていたの。それで遅れてしまったの。今の状況はどうなっているの? あの……方から、ほかに何か指示は?」
ヴァネッサは歩み寄り、腰をかがめてシルヴィ司教と軽く握手を交わした。
知性種と悪魔種。
今回の両者の接触は、よい滑り出しとなった。
「説明を始める前に、一つお願いがあります。事が重大ですので、ヴァネッサさんにはまず、ご自身の身元を証明していただけますか? 通行証以外の方法で」
シルヴィ司教の口調は丁寧だったが、豊かな毛髪に縁取られた顔には、真剣な表情が浮かんでいた。
ヴァネッサはその言葉を聞いても怒らなかった。
神々の国にも、それなりの事情があることは理解している。悪魔種と密かに通じるなど、知性種全体を完全に裏切る行為と見なされてもおかしくない。相手がどれほど慎重になろうと、当然のことだった。
ヴァネッサはただ、開いた窓へ顔を向けた。
視線の先には、眩しい金色の光がある。
シルヴィ司教はすぐに意図を察した。
片足で床を踏むと、穏やかな光の波を放つ土壁がゆっくりとせり上がり、執務室全体を包み込んで密閉空間を形成した。そこから放たれるほのかな黄色い光が、そのまま室内を照らしていた。
「これなら声が外へ漏れることもありません。ヴァネッサさんさえよければ、本来の姿を見せていただけますか。それを確認してからでなければ、あの方の意向をお伝えするわけにはいきませんので」
ヴァネッサはためらわなかった。身にまとっていた厚い外套を開く。
燃えるような赤い長髪が一気に流れ落ち、二対、計四枚の黒い翼が勢いよく広がった。たちまち、それほど広くない執務室を黒翼が埋め尽くした。
堕天使族の象徴である黒い翼を目にすると、シルヴィ司教は小さく息を吐いた。
安堵でもあり、同時に警戒でもあった。
まだ司教になる以前、彼女も各地で何度となく悪魔種と戦ったことがあった。知性種を見下す彼らの態度と、圧倒的な強さ、そして残忍さは、今もなお鮮明に記憶に残っていた。
だが一地域を任される司教となり、さらにいくつかの事情を知ってから、彼女の認識も変わった。
知性種も悪魔種も、大変革の中で生き残ろうともがく哀れな生命にすぎない。竜族も、超獣種も、さらには神霊でさえ、大変革から逃れることはできないのだ。
二年あまり前。
人魔王の要求を受け、神々の国は禁忌への第二歩を踏み出した。そして密かに魔王の庭との実質的な協力を開始したのである。今回の南方未踏地帯における異変調査も、その一つだった。
身元の確認を終えると、シルヴィ司教は再び片手を差し出し、脇に置かれた、さまざまな種族の客人を迎えるための大型の椅子を示した。
「身元を明かしてくださり、ありがとうございます、ヴァネッサさん。どうぞこちらへ。座って、ゆっくりお話ししましょう」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます