13. 別れ
「魔法使い様、ご覧ください。ここが中城区です。内城区の外側を囲むように広がっていて、主に冒険者や傭兵団、行商人たちが利用する区域です。各ギルドをはじめ、鍛冶場、薬剤店、競売場、医療施設、大きな宿屋など、いろいろな施設もあります……」
「そうだ、魔法使い様。お持ちの通行証は根蔵教会が発行したものですから、中城区へ直接通じる別の門から入ることもできます。さっき入ってきた門は外城区へ通じる門で、あそこには城外の盗賊団とつながっている悪質な住民もいるって話です。気をつけたほうがいいですよ……」
ヴァネッサは説明を聞きながら周囲を見渡した。
中城区は外城区に比べればかなり清潔で、道幅も少なくとも獣車が行き来できるほど広かった。通りの両側に並ぶ店も整然としていた。
ただし、街を行き交う者の大半は荒々しい気配をまとった屈強な知性種で、先ほど外城区で見たような痩せ衰えた住民の姿はほとんどなかった。
女魔法使いの隣を歩く人間の少年は非常に目ざとく、彼女が抱いた疑問をすぐに察して、懸命に説明した。
「中城区は外城区の住民が出入りするのを禁止してはいません。でも、僕たちは普段あまりここには来ません。南方未踏地帯で生きていける冒険者様たちはみんな強いですから、怒らせたらひどい目に遭います。それに何かあっても、治安隊は僕たちのことなんてあまり相手にしてくれません」
そう言い終えると、人間の少年は、この謎めいた女魔法使いがまた辺りを見回していることに気づいた。
「魔法使い様、何かお探しですか?」
「ここには、奴隷はいないの?」
人間の少年は驚いたように怯え、妹の手を引いて少し後ずさると、慌てて首を横に振った。
「奴隷? い、いません! 南方未踏地帯には、そういうものはありません」
「ここじゃ五大国の法律や制度なんて役に立ちません。みんな生きるだけでも大変なのに、誰が指名手配されてるかなんて気にしませんし、隙があれば奴隷だって反乱を起こして主人を殺します。そうしているうちに、いつの間にか奴隷なんて見かけなくなりました」
そこまで話すと、少年は少し怯えながら、普通の人間の二倍以上はありそうな女魔法使いを見上げた。もし彼女が奴隷を探すためにわざわざここへ来たのなら、自分と妹まで連れ去られてしまうかもしれない。
そうなれば終わりだ。
先ほど少年自身が言ったとおり、治安隊は彼らのような者のことなど気にかけてはくれない。どうすればいいのかと考えていたそのとき、女魔法使いの口から、また一つの禁忌の名が出た。
「ここには繁生会の連中は出入りしていないの?」
「いません、いません! 指名手配犯や罪人がたくさんここへ逃げ込んでくるのは本当です。でも繁生会はものすごく恐ろしい邪教組織ですから、バロア大城でさえ、手を出そうとはしません。内城区の議会にいる方々は、どの人も各国やギルドの責任者です。それどころか繁生会には高額の懸賞金までかけられていて、懸賞の一覧は各ギルドの入口に貼り出されています!」
人間の少年はそこで思い出した。この女魔法使いが持っている上級通行証は、神々の国に属するものだった。おそらく彼女は、邪教の痕跡がないか調べに来たのだろう。
そう考え、巷で聞いたある噂を思い出した少年は、慌てて彼女へ近づくと、声を潜めて機嫌を取るように言った。
「魔法使い様……バロア大城には奴隷はいませんけど、野外となると分かりません。盗賊団が行商人や旅人、一人で行動している冒険者をたくさんさらっているって聞きます。何のためかは分かりませんけど、もしかしたら繁生会と関係があるのかもしれません。調べるなら、その辺りから当たってみるといいと思います」
それを聞いて、ヴァネッサはようやく、必死に役に立とうとしている人間の少年へ視線を落とした。
「そう。分かったわ。名前は?」
「ロロ! こっちはココアです!」
女魔法使いが自分の名前を尋ねてくれたことが嬉しかったのか、ロロはすぐさま大きな声で名乗り、同時に妹も前へ引っ張り出して積極的に紹介した。だが返ってきたのは、さほど興味もなさそうな短い相槌だけだった。
ヴァネッサも、先ほどは何となく尋ねただけだった。
堕天使族である彼女の寿命は少なくとも三百年はある。しかし神々の国との協定のため、普段は蒼穹の島から出ることができない。久しぶりに島の外へ出た以上、近年、知性種の間で起きた大きな出来事に多少の興味を抱くのも当然だった。
そしてここ数十年、知性種に最も大きな衝撃を与えた出来事といえば、彼女がすでに知っている人魔王の台頭を除けば、繁生会が引き起こした血染めの薔薇事件にほかならない。
その内情の残酷さと恐ろしさには、オスヴィド様でさえ強い警戒を示し、一族や同盟者たちの行動をこれまで以上に厳しく律するようになったほどだった。
繁生会はすでに小規模な集団に分かれ、各地に潜伏して活動しているという噂もある。
ヴァネッサは当初、この無法地帯なら何か痕跡が見つかるかもしれないと思っていた。だが知性種側も予想以上に積極的に動いているらしい。
おそらく、あの当時の動乱が彼らにあまりにも深い教訓を残したのだろうと、ヴァネッサは考えた。
目の前の大物は相変わらず冷淡な反応しか見せず、バロア大城についてもあらかた案内し終えてしまった。ロロは次第に焦り始めた。どうにかして相手の機嫌を取りたいと必死に頭を働かせ、慌てて尋ねる。
「魔法使い様、ほかに行きたい場所とか、知りたいことはありませんか?」
ヴァネッサはロロがあまりにも熱心なのを見て少し考えると、デカブツを指差した。
「こいつが休めて、好きなだけ美味しいものを食べられる宿を探して。できる?」
自分の十倍はありそうな小さな巨人を振り返り、ロロはごくりと唾を飲み込んだ。それでも最後には何度もうなずいた。
「だ、大丈夫です! 護衛様のお世話は必ずきちんとします! ただ、その……護衛様はかなり食べそうですけど……」
ロロが最後まで言い終える前に、女魔法使いは小さな布袋を無造作に放り投げた。
受け取った瞬間、そのずっしりとした重みにロロは驚いた。
こっそり中を覗くと、そこにはきらきらと輝く銀貨と金貨がぎっしり詰まっていた。節約して暮らせば、自分と妹が中城区へ移り住み、成人するまで安心して生きていけるほどの大金だった。
「魔法使い様、こ、これは……さすがに多すぎます……」
あまりの額にロロはかえって怯え、手に持った袋が熱を帯びたようにさえ感じた。
知性種の金銭感覚について、ヴァネッサはあまり詳しくない。
蒼穹の島には独自の褒賞制度があるうえ、そもそもこの金はすべて、神々の国から支援として渡されたものだった。彼女にしてみれば大して惜しくもない。ヤガザンとの約束を果たし、存分に楽しませてやるため、手持ちの金をすべて渡してしまっただけだった。
「そう? 別にいいわ。使いなさい。全部なくなっても構わない。でも、デカブツには必ず腹いっぱい食べさせて、十分に休ませて。残ったお金は、あなたの報酬にしていいわ……」
そこまで言うと、ヴァネッサは厚い外套の下から再び片手を伸ばした。
次の瞬間、ロロの目の前で炎の塊が激しく燃え上がった。高熱の波が押し寄せ、目を開けていられないほどだった。
「……でも、この約束を果たせなかったら、あなたみたいに賢い子なら、自分がどうなるかくらい分かるでしょう?」
死への恐怖が、熱波とともにロロを襲った。高熱の炎を目の前に突きつけられ、彼は小さな布袋を抱えたまま呆然とし、何も言えなくなった。
「やめたいなら、今ならまだ間に合うわ……」
その言葉を聞いた瞬間、ロロは布袋を抱く手に力を込めた。目を大きく見開き、緊張した声で答える。
「い、いいえ! 約束は必ず守ります!」
ヴァネッサが集めていた魔力を散らすと、炎も消えた。紫水晶のような両眼が、冷ややかに、何の情けもなく目の前の人間の少年を見つめる。
しばらく沈黙したあと、彼女はようやくゆっくりと言った。
「そう願うわ」
高熱に目を刺激され、涙まで流していたロロは布袋を胸に抱き、何度もうなずきながら真剣な表情で答えた。
「魔法使い様、安心してください。護衛様のことは必ずきちんとお世話します」
「最後にもう一つ。神々の国の教会の拠点はどこ?」
「内城区です。僕たちは入れません。特別な通行証が必要です。でも魔法使い様ならもちろん大丈夫です! その通行証は根蔵教会が発行したものですから、治安隊に止められることもありません」
ヴァネッサはそれを聞いてうなずいた。頼むことをすべて伝え終えてから、ようやくヤガザンへ振り返る。
「デカブツ、この二人についていきなさい。この子たちが、私の約束を果たしてくれるわ」
それまでずっと何も言わなかったヤガザンは、どこか寂しそうな顔をしていた。おずおずと口を開く。
「ヴァネッサ……また戻ってくるか? アンダを探すのを手伝ってくれるか?」
このところ共に過ごすうちに、ヴァネッサはヤガザンの直感が驚くほど鋭いことにとっくに気づいていた。彼を相手に嘘をつこうとしても、ほとんど通じない。
だから、隠すつもりもなかった。
「戻らないわ。お前と私はもともと種……歩む道が違うの。私にはほかにも大事なことがある。悪いけど、私たちの旅はここで終わりよ」
その言葉を聞き、ヤガザンの人のよさそうな顔はさらに悲しげになった。焦ったように何度も頭を掻いたが、何を言えばいいのか分からない。
結局、背負っていた骨の椅子を解いて下ろし、別れの贈り物として差し出した。
「ヴァネッサ、これをあげる。道を教えてくれて、こんな大きな街まで連れてきてくれてありがとう。これからは自分で頑張ってアンダを探す」
別れる仲間に椅子を贈る。そんなことをするのは、おそらく目の前のこの間の抜けた大男くらいだろう。
だがヴァネッサは笑わなかった。
何日も座り続けた骨の椅子へ目を向け、しばらく黙ったあと、軽く手を振ってそれを押し返した。
声は淡々としていて、冷たかった。
「ありがとう。でもいらないわ。これからは自分でちゃんと気をつけなさい。もう簡単に騙されるんじゃないわよ」
そう言うと、ロロに教えられた方向へ向かって、ヴァネッサは振り返ることなく歩き去った。
大柄な女魔法使いが人混みの中へ消えていくのを見ながら、ロロは少し残念に思った。
本当は、この大物に気に入られ、自分と妹を庇護してくれる後ろ盾になってもらえないかと考えていたのだ。そうなれば、少なくとも毎日外城区で怯えながら暮らさずに済む。
とはいえ、今回の案内でもらった報酬はとてつもなく多かった。胸に抱えた重い布袋を思うと、ロロは思わずこっそり笑みを浮かべる。あとで自分の分を少しくらい多めに取っても、たぶん問題はない。
どうせ、あの女魔法使いはもう戻ってこないだろう。
そんな兄を見て、まだ幼いココアがロロの服の裾を引っ張り、幼い声で大きく言った。
「お兄ちゃん! ごはん! 巨人もごはん!」
突然大金を手に入れた喜びに浸っていたロロは振り返り、妹と、その背後に立つ通り沿いの建物よりも巨大な姿を目にした。
その瞬間、女魔法使いが去り際に残した警告を思い出し、慌てて余計な考えを引っ込めた。
「護衛様は、何がお好きですか? バロア大城には美味しいものがたくさんありますよ。双角牛の煮込み、粘液つけ麺、荒野の大鍋、食薬果の冷製和え、混ぜ肉のペーストとか……」
ヴァネッサとの別れを寂しく思ってはいたが、ヤガザンは一人でいることにはもう慣れていた。
彼が知り合った人々は、いつもさまざまな理由で彼と別れていく。
それは幼い頃から何度も繰り返されてきたことだった。
次々と並べられる料理の名前を聞きながら、ヤガザンは後頭部を軽く叩いた。自分の膝にも届かないほど小さな二人の子供へ向かって腰をかがめ、頭を下げて丁寧に言った。
「俺はそんな偉い人じゃない。ヤガザンでいい。美味しいものなら何でも好きだ」
この小さな巨人が思いのほか話しやすそうだと素早く察し、ロロもようやく安心した。嬉しそうに笑ってうなずく。
「うん! ヤガザン、それじゃバヴィママの台所へ行って、お腹いっぱい食べよう!」
隣にいたココアも、食べ物があると聞くと、小さな手を上げて嬉しそうに叫んだ。
「おー!」
ヤガザンは、自分が大きく動けば道行く人々に迷惑をかけてしまうのではないかと気にして、小さな声で「おー」と応じるだけだった。
動きを抑えて二人に合わせるその姿に、子供たちは思わず声を上げて笑った。
一人の大男と二人の小さな子供は、たちまち打ち解けた。笑い声を交わしながら、通りの向こうへ歩き出す。
遠く離れた人混みの陰で、ヴァネッサはヤガザンが二人の子供と楽しそうに笑い合う姿を見届けていた。
そしてようやく、本当に背を向け、その場を離れた。
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