第5話 片道の切符
駅のホームは、出征する兵士を見送る人々の日章旗と、重苦しい熱気に包まれていた。
国のために命を捧げることを誰もが疑わない、狂ったような「万歳」の声が響き渡る。
その喧騒から少し離れた柱の陰に、彼女は立っていた。
「……紬」
声をかけると、紬がゆっくりと振り返った。
その顔を見た瞬間、僕は息を呑み、胸を激しく抉られるような痛みに襲われた。
ほんの数日前まで、あんなにふっくらとして、林檎のように可愛らしかった紬の頬は、すっかり痩せこけていた。
赤紙が届いてからの数日間、彼女がどれほど泣き、どれほど眠れぬ夜を過ごしたのかが、その痛々しい姿から一目で分かってしまう。
それでも、紬は僕の前に立つために、精一杯の身なりをしてきてくれたのだろう。
「蓮くん……」
カサカサに乾いた唇から、僕の名前がこぼれる。
紬は無理に笑おうとしたけれど、その引きつった口元からは、ただ絶望だけが滲み出
ていた。
「これ……持っていって」
紬が震える手で差し出してきたのは、手縫いのお守りだった。
歪な縫い目には、彼女の涙が何滴も染み込んでいるに違いない。
「ありがとう、大切にするよ。……ごめんな、紬。僕のせいで、こんなに痩せちゃって……」
「そんなこと、いいの……! 私がどうなったっていい……! お願いだから、生きて、生きて帰ってきて……!」
紬の細い指が、僕の軍服の袖を強く掴む。
僕はその手を優しく解き、自嘲気味な笑みを浮かべながら、内ポケットから『あるもの』を取り出した。
それは、国から支給された、戦地へと向かう列車の乗車券。
「見てくれ、紬。これ……片道しか、ないんだ」
「え……?」
紬の瞳が恐怖に大きく見開かれる。
『片道の切符』――それは、最初から戻ってくることを想定されていない、死地への招待状だった。
国は僕たちに、生きて帰るなと言っているのだ。
「そんなの……そんなの、おかしいよ……! なんで蓮くんが死ななきゃいけないの……!」
ホームに列車の警笛が鳴り響く。
黒い煙が、僕たちの視界を遮るように流れ込んできた。
周りからは「おめでとうございます!」「お国のために!」という声が、容赦なく僕たちに浴びせられる。
もう、時間だ。
「……蓮くん」
突然、紬が掴んでいた手をパッと離した。
そして、大粒の涙をボロボロと流し、痩せこけた顔をくしゃくしゃに歪ませながら、声を震わせて叫んだ。
「おめでとう……! おめでとう、蓮くん……っ!」
周りの「万歳」の声に合わせるように、けれど、世界で一番悲しい拒絶の響きを持って、彼女は僕にその言葉を投げつけた。
行かないでと叫べば、非国民として引き裂かれるこの時代。
泣きながら、狂ったように「おめでとう」と繰り返す紬の姿に、僕の心は粉々に砕け散りそうだった。
「紬、聞いてくれ」
僕は痩せこけた紬の頬を、両手でそっと包み込んだ。
涙で濡れた彼女の顔は、冷たくて、今にも壊れてしまいそうだった。
「僕は、この切符の通りにはならない。絶対に、這いつくばってでも、お前と拓海の元に帰るから」
「蓮くん……うあ、あ……!」
僕は紬の手を最後に一度だけ強く握りしめた後、ゆっくりと列車のタラップを登った。
動き出した列車の窓から見えたのは、激しい煙の向こうで、涙で顔を濡らしながら、
いつまでも僕を追いかけようとする、愛しい人の姿だった。
解釈小説『最初で最後のラブレター』〜君ガ空コソカナシケレ〜 微炭酸@BL @bi-tansan
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