第15話「合格ライン70点の壁と、白フン起死回生」
第15話「合格ライン70点の壁と、白フン起死回生」
進級テストを目前に控えた、決戦前夜の大地下図書室。
深夜の静まり返った室内で、家庭教師のタキモトが赤の採点ペンを握りしめたまま、信じられないものを見る目で模試の解答用紙を凝視していた。
「ご、50点……! あの全教科『1』の完全なる赤点王だったアルヴェイン先輩が、奇跡の勘と物理的な気合いだけで、模試の点数を半分まで引き上げている……!?」
白フン一丁に長ラン風ローブを羽織った雑賀アルヴェインは、腕を組み、鼻の下に冷や汗をかきながらも、誇り高くドヤ顔で胸を張った。
「ふっ……見たかタキモト。俺の『漢(おとこ)』の集中力と、お前の血を吐くような指導の成果だ。これで進級もいただきだな」
しかし、タキモトの表情は晴れるどころか、死人のように青ざめていく一方だった。彼はガタガタと震える手で、夕方に学園の掲示板に張り出された『特別補習要項・改訂版』をアルヴェインの前に突きつけた。
「駄目なんです先輩……! 全然、全く足りていません! 今日、学園長から直々に通達がありました。先日のポーション大爆発事件のペナルティとして、先輩の合格条件だけが『全科目のうち最低1科目でも70点以上を取ること』に引き上げられたんです!!」
「……な、なんだと……?」
「あと20点……! どんなに勘を研ぎ澄ませて全教科平均50点まで底上げできても、そこから先の『確実な20点の突破力』がどうしても足りないんですよ!!」
衝撃の事実(※学園側のあからさまな報復措置)に、アルヴェインの顔からスーッと血の気が引いていく。
そう、タキモトの死相を帯びたスパルタ指導により、選択問題や簡単な計算は気合いで当てられるようになった。だが、そこからさらに20点を積み増すには、確実な暗記と正確な記述力――すなわち「漢字」や「複雑な文法」という、アルヴェインのエルフの魂が最も激絶する領域へ踏み込む必要があったのだ。
騒ぎを聞きつけ、心配した舎弟の特攻のシマダ、けん玉のサキ、魚人のマリオ、さらには雷獣チワワのチワ丸とアース・パグのトシロウまでが集まってくる。
「アルヴェイン頭(ヘッド)……! 学園の奴ら、初めから頭を落とす気で……! い、いっそ明日の試験中に、オレが窓の外からカンニングペーパーを投球(投げ込)みましょうか!?」
「バカ野郎シマダッ!!」
アルヴェインの地鳴りのような怒声が、図書室の空気を震わせた。
「理不尽なルールだろうが何だろうが、不正で得た点数で進級して、何が『エルフンドシ番長』だ! そんな卑怯な真似をして盤上に立ったら、俺の白フンが泣くぜ……!」
「頭ぁぁぁっ! 申し訳ありやせんでした!!」
シマダが涙を流して土下座する。
だが、正攻法で、しかも残された数時間で20点を伸ばすなど、普通に考えれば不可能に近い。刻一刻と迫るテスト当日の朝。図書室を重苦しい絶望が支配する。
(あと20点……。学園が立ち塞がらせた、理不尽で巨大な20点の壁……! このまま全教科を満遍なく勉強していては、すべてが50点止まりで留年確定だ……!)
アルヴェインは純白のハチマキをきつく締め直し、滝のような冷や汗を流しながら、己の「得意分野(体育5・盤上遊戯規格外)」と「出題傾向」を猛スピードで激しく照らし合わせた。
卓球で培った動体視力、紙相撲の極限のタッピング、そろばんで見せた指先の物理演算、そして数百年を生きる己の「生きた記憶の引き出し」――。
その時、アルヴェインの脳内で強烈な電撃が走った。
(待てよ……? 全教科で70点を取る必要はねぇ……! ペナルティの条件は『たった1科目』でいいんだろ……!?)
アルヴェインはガタッと立ち上がり、その涼やかな瞳を野生の猛禽類のように鋭く輝かせた。
「タキモト! 今から全科目を満遍なく勉強する戦略は一切捨てる! 俺は……『魔法史』ただ一科目に、己の全戦力と魂の質量を集中させて70点を叩き出す!!」
「ええっ!? でも魔法史は知識が完璧でも、漢字が書けずに『ひらがな答案』で大幅な減点を喰らっていた鬼門ですよ!?」
「そうだ! 人間が作った四角い文字(漢字)を、意味や理屈で丸暗記するのはもう諦める! 代わりに……『出題頻度が高い歴史の重要漢字、上位20個』だけを、紙相撲のタッピングの『コンボ技』として手に直接叩き込むんだ!!」
「タ、タッピングのコンボ技……!?」
タキモトは目を見張った。
意味や偏(へん)を理解して覚えるのではない。漢字の画数を「物理的な手首の型(パターン)」として筋肉に記憶させるのだ。
「たとえば『魔導結成』の『魔』! 画数は21画……! これを文字だと思うから脳がシャットダウンする。だが、これを盤上における『21連撃のコマンド入力』だと思えばどうだ!?」
「そ、それなら……! 体育『5』で盤上の天才である先輩なら、物理的な筋肉の記憶として、脳の拒絶反応をバイパスできる……! 常識外れの『一点突破・白フン特攻作戦』だ!!」
アルヴェインは長ランの袖を捲り上げ、鉛筆を短く持ち直した。
「『魔導』『結成』『聖樹』『精霊』……この頻出上位20個の漢字さえ、手首の反射で勝手に繰り出せれば、ひらがな記述による減点が激減し、一気に加点に化ける! これなら……学園の理不尽な壁を越えて、70点に届く!!」
「よぉし……気合い入れろタキモト! 決戦の朝まで、俺の手首に20パターンの連撃コンボを徹底的に叩き込んでくれ!!」
アルヴェインは己の白フンをバシィィィンッと豪快に叩き、全神経を手首と鉛筆の芯へと集中させた。
「喰らえ! 魔導結成、21連撃タッピング!! アタタタタタタタッ!!」
カリカリカリカリカリカリッッ!!
残像を描く鉛筆が、大地のビートを刻むようにノートを叩き、複雑な漢字を「物理的な軌跡」として次々と紙面に書き殴っていく。
「グヒッ!」
「キャンキャン♪」
足元ではトシロウの重低音の唸り声と、チワ丸の甲高い放電の鳴き声が、見事なメトロノームとなってアルヴェインのタッピングのリズムを加速させる。
進級テスト本番の朝まで、あとわずか数時間。学園の理不尽な壁に追い詰められたエルフンドシ番長・雑賀アルヴェインの、己のすべてを懸けた起死回生の猛特訓が、静寂の図書室で熱く、激しく火花を散らしていた――!
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