第12話「理論の天才、実技の爆発(ポーション)」

第12話「理論の天才、実技の爆発(ポーション)」

​ 大地下図書室にて、漢字ドリルという古の睡眠魔法に手も足も出ず、さらには100マス計算という地獄の拷問を「気合いの超高速殴り書き」で突破し、真っ白な灰となって燃え尽きていたエルフンドシ番長・雑賀アルヴェイン。

 彼を指導する新入生の家庭教師タキモトは、学園から受け取っていたアルヴェインの過去の成績票をパラパラとめくりながら、ふと眼鏡の奥で不思議そうに目を瞬かせた。

「あれ……? 先輩、他の科目は壊滅的なのに、魔法薬学の『基礎理論と薬草鑑定』だけは、学年トップクラスの点数を叩き出しているじゃないですか!」

「ふっ……当たり前だ。薬草の生息域と効能、調合の歴史的配合比率なんざ、俺にとっては『昨日見た風景』に過ぎないからな」

 白フン一丁の姿で正座を崩さず、アルヴェインは誇り高く鼻で笑ってみせた。

 そう、人間の作り出した四角い文字(漢字)には脳がシャットダウンする彼だが、この科目の試験形式は異なっていた。問題文は風のように流麗な『古代エルフ語(ルーン)』で記されており、さらには実物の薬草を嗅ぎ分けるテイスティング方式だったのだ。数百年を生き、森の息吹と共に在るハイエルフにとって、それらは勉強するまでもなく、肉体に刻まれた常識であった。

「理論と薬草の知識が完璧に解っているなら話は早いです! 座学の不足分を、実技の加点で一気に補填しましょう!」

 タキモトが長机の上にドサリと置いたのは、辞書のように分厚い『魔法薬調合表・標準テキスト』であった。

「いいですか、今日の課題は指定テキストの百二十八ページ! 基礎中の基礎、初級『スタミナポーション』を調合してください!」

「任せろ。調合なんざ、男の番長鍋と一緒だ。大自然の素材に敬意を払い、手順通りに煮込めばいいだけの話だ」

 アルヴェインは純白の一晒し(ふんどし)をバシッと締め直し、気合いの証として銀髪にハチマキを巻くと、分厚い石壁で囲まれた地下の特別錬金実験室へと向かった。

​ 実験台の上には、真鍮製の寸胴鍋と、青白い炎を上げるアルコールランプがセットされている。

 アルヴェインの手つきは、まさに芸術的であった。千年樹の精霊草を寸分の狂いもなく正確に三グラム量り取り、乾燥させたトカゲの尾を、使い慣れたサバイバルナイフで風のように素早く微塵切りにする。

 一切の無駄がない流麗なエルフの所作。教科書に記された古代の叡智に則り、完璧な手順とタイミングで、素材がコトコトと煮立つ鍋へと投入されていく。

(おお……!? 手順も素材の扱いもカンペキだ! しかも、あんなふざけた白フン姿なのに、無駄な動きが一つもない! これなら本当に実技で満点が取れるかも……!)

 少し離れた安全圏から見守るタキモトの目が、確かな期待に輝いた。足元では、霊獣アース・パグのトシロウと、雷獣チワワのチワ丸が、鍋から漂う甘い薬草の香りに「グヒヒ」「キャン♪」と機嫌良く尻尾を振っている。

 しかし、致命的な事件は、ポーション作りにおける最後の工程――「魔力を馴染ませるための撹拌(かき混ぜ)」で起こった。

(良し……素材の旨味は完全に引き出した。あとは仕上げだ! 丹田に気を込め、俺の魂の波動(魔力)を薬液に注入し、一気に完成へと導く……ッ!)

 アルヴェインは白フンにぐっと力を込め、両手で構えた巨大な木製へらを、豪快に鍋の中へと突き立てた。

 ※注意:スタミナポーションとは本来、血流を促すための『微細な風と水の魔力』をそっと馴染ませる繊細な薬液である。そこに、己の漢気を証明せんとする「過剰な大地の物理魔力」を注入しては絶対にいけない。

 ゴボォッ……ゴボゴボゴボゴボッ!!

「えっ……!? せ、先輩、鍋から地鳴りみたいな異音が!? 透き通っていた液体の色が、底なし沼みたいな禍々しい紫色に変わってますよ!?」

 タキモトが血相を変えて叫ぶ。

 アルヴェインがオークの特訓で身につけた『大地(テクトニクス)の超重質量マナ』が、木製へらを通じて薬液へと無慈悲に注ぎ込まれていたのだ。繊細な化学平衡を保っていたポーションは、突如として与えられた規格外の重力と生命エネルギーに耐えきれず、激しく沸騰し始めた。

「ぬおぉぉぉ! 負けるな! 大地の重みで混ざれぇぇぇ! 俺の漢の魂を込めろぉぉぉ! 『一晒(ひとざら)し・魂の撹拌(かくはん)』――ッ!!」

「ダメです! 魔力(パッション)が過剰すぎます! 化学式が崩壊します、加減してくださいーーっ!!」

 アルヴェインの放つ「漢の気合い」が極太の魔力の渦となり、寸胴鍋の内部で荒れ狂う。

 スタミナポーションの持つ生命促進作用が、大地の重圧マナによって数万倍に加速。極限まで圧縮されたエネルギーが、ついに鍋の中で許容量(臨界点)を突破した。

 ピカーーーーッ!!

 チュドォォォォォン!!

 分厚い石壁の実験室全体を激しく揺るがす、可愛らしくも絶望的な爆発音。

 モクモクと立ち込める濃厚な黒煙が、換気扇に吸い込まれてゆっくりと晴れていくと――。

「……ゲホッ、ゴホッ……!」

 そこには、透き通るような白い顔面を真っ黒な煤(すす)で染め上げ、自慢のサラサラな銀髪が、見事なまでの真ん丸の『アフロヘアー』へと爆発したアルヴェインが、魂が抜けたように立ち尽くしていた。

 寸胴鍋の中を覗き込むと、透明なはずの液体は跡形もなく蒸発し、底には急速な熱膨張と生命力の過剰促進によって炭化した、カチカチの「謎の黒い塊(消し炭)」がへばりついているだけだった。

「そ、そこまでぇぇぇっ! 指定ポーションを生命力の過剰注入により黒焦げにして大失敗! 雑賀アルヴェイン、魔法薬調合――無念の敗退っ!!」

 タキモトの悲痛な絶叫が、黒煙の漂う実験室に虚しく響き渡る。

 ふと足元を見ると、巻き添えを食らった二匹の犬にも異変が起きていた。

 爆発によって飛散した『暴走スタミナエキス』と、チワ丸が常時放っている『雷の静電気』が空間で化学反応を起こし、犬たちの毛根細胞を異常活性化させてしまったのだ。全身見事なアフロヘアー&煤まみれになったトシロウが「グヒ……(ゲホゲホ)」とむせ返り、同じく綿あめのようなアフロ犬と化したチワ丸が「キャッ(くしゃみ)」と小さく煙を吹き出していた。

「……ふっ。力加減ってのは……卓球のドライブやベーゴマより、遥かに難しい理屈が必要みたいだな……」

 まん丸の銀髪アフロを揺らしながら、アルヴェインは焦げた顔で不敵に笑って見せた。

「かっこよく決めないでください! 全部台無しです! さっさと鍋の炭を削り落として、掃除し直しです!!」

 理論の天才にして、実技の爆発物。手先は極めて繊細だが、込められる気合い(魔力)の質量が致命的に大雑把すぎる留年番長。

 彼が進級の切符を手にするための険しくも爆発的な道筋は、まだまだ長く続くのであった――。

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