大体Amaz○nが悪い。
というか、何なら本屋さんで本を注文した際に使われているのもAmaz○nだったりするので、本格的に本屋さんがヤバい事になっている気がします。
そんなわけで、大企業によるネット通販によって町の本屋さんが大打撃を受け閉店しまくっているわけですね。
今時の本屋さんというのは、みんな生き残りをかけてあの手この手で必死なわけです。
何とか本を買ってもらおうと手書きPOPに力を入れたり、文具などの本以外の商材の販売面積を増やしたり、トレーディングカードゲームのデュエルスペースを併設したり。
筆者様のご近所にあった本屋さんも、時代の波には逆らえず、閉店という道を選ぶことになったわけですが……。
そこで出会ったものに筆者様が心動かされ、とある行動を起こすことになります。
あ、いいですねこういうの。
その後が語られないのも余韻の余白があって素敵です。
どんな出会いがあって何を起こしたのかは、ぜひ本作を読んでお確かめください。
日常を切り取った短編。
閉店迫る本屋さんにふらりと立ち寄る、
ただ、それだけ。
登場人物らしき人物は主人公ただ一人。
しかし、並んだ本の向こう側に、
おすすめポップの向こう側に、
作り手、売り手、読み手。
それも一人や二人でなく、
数多の人のつながりがある。
そう気づく主人公を通して、
本を通して、登場人物が一人ではなく
万といることに気付かされる。
そして結末。
「いつか誰かに届くといいな」
そう願う主人公に、
ふっと自分を重ねてしまう。
私だけではないと思う。
ここがカクヨムという、
読む人と書く人の集う
宿り木だからだろう。
読む人にも書く人にも読んでほしい、
カクヨムでこそ読んでほしい名作。
否、紙ではない電子媒体なのに
「手に取ってほしい」と願うのは
あの閉店間際の本屋さんに
すっかり同調してしまったからに他ならない。
本屋さんが、消えていく。
どんな町にもあった本屋さんが、一つ一つ、消えていく。
店主の高齢化や、ネットショップの台頭により、或る日突然、閉店の貼り紙が出され、翌月にはその場所に薬局のチェーン店がオープンしている。
わたしの近くでも、いったい何軒の本屋が消えていったことだろう。
うなぎの寝床のような細長い本屋さん。壁際と中央に棚があり、入り口から入って奥の突き当りで折り返し、ぐるりと一周して、レジの前を通って出て行った。
買う日もあれば、買わない日もあった。
読む読まないにかかわらず、沢山の本の背表紙を目に入れていた。
青果店、精米店、手芸店。町内に必ずあった店の一つ、本屋さん。
くるくる回る金属の棚にあった絵本。
付録でぱんぱんに膨らんで輪ゴムで閉じられていた児童雑誌と、文房具。
隅っこの、お姉さんが表紙の雑誌のコーナー。
大人になってからも、本屋さんは日常の地続きだった。
仕事の帰りに何となく立ち寄って、何となく並んでいる数多の本を眺め、手に取ってみる。
職場から家までの間を繋ぐ、ワンクッションの儀式。
熱心な本屋では、店員の手書きのポップが並び、「お勧めの気合い」がこちらにも伝わってきたものだ。
その本屋さんが、消えていく。
若い人はあまり本を読まないという。
読書の時間は、よりお手軽な短い動画に代わってしまった。
「これを買って」
小さな椅子に腰を掛けて時間を忘れて読みふけり、親に買ってもらった一冊を宝物のように押し抱きながら家に帰ったことのある子どもは、しあわせだ。
夕暮れの商店街。
町の中にあった本屋さんの想い出を持つものは、しあわせだ。
あまり知られていないことだが、数が激減したとはいえ、本屋さんが身近にこんなにあるのは、世界でも珍しいことなのだ。
棚を埋め尽くすあの膨大な書籍が、消えていく。
紙の手ざわり。
長い時間をかけて見つけ出したお気に入りの一冊。
休日のお父さんが、子どもたちを連れて、ぶらりと立ち寄った本屋さん。
町の本屋さんが消えていく。
閉店した本屋のブックカバーをわたしはまだ何枚か持っている。
想い出の中にしか、もう開店していない。