第29話
冬の至りの日。
大陸最北端に位置する「絶望の霊峰」は、猛烈な吹雪と不気味な紫黒色の魔力雲に覆われていた。
かつて世界を震撼させた魔王の居城が存在したこの地は、長らく凍てつく廃墟と化していた。しかし今、地脈の底から噴き出す「虚無の奔流」によって空が亀裂を起こし、空間そのものが削り取られるような不気味な異音を響かせていた。
「——ここが、極北の霊峰か。ひどい狂気だ……」
特命課の専用魔導飛空船から舞い降りた俺たちは、吹雪の中に立ち尽くした。
俺、エリザベート、クラリス、そしてセレスティナの四人。それぞれの胸には、俺が調製した『調和の魔導具』が輝き、極寒と精神汚染を遮断している。
「アルス、私のペンダントが温かいわ……。アルスが側にいてくれる感覚が、ハッキリと伝わってくる」
エリザベートが胸元のペンダントを慈しむように触れた。彼女の銀髪は吹雪と同化するように美しく煌めき、その瞳には一点の揺らぎもない。
「ハッ! 寒気など私の猛炎で吹き飛ばしてくれるわ! ……だが、確かにこの邪気は普通ではないな」
クラリスが大剣を握り直し、身構える。
「気をつけてください。星の観測によれば、すでに『星の棺』の封印は破られています……!」
セレスティナが天球儀を構え、警戒の声を上げた。
俺たちが霊峰の山頂付近、崩壊した旧魔王城の大広間に踏み込んだその時——。
グラグラグラッ!!
天地がひっくり返るほどの激しい震動と共に、中央の空間が黒い境界線を描いて破裂した。
溢れ出してきたのは、光すら吸い込む深淵の「無」。そこから、異形の大冠を戴く巨大な漆黒の影が姿を現した。
『……ククク……我は虚無の王……ヴェルザ……。因果の鎖を断ち切りし者どもよ……よくぞ来た……』
魂を直接削り取るような、重低音の念話が空間を震わせる。
原作ゲームの知識にも存在しない、因果の歪みが生み出した究極の「存在の否定者」。その全身から漂う圧迫感は、アザゼルやアラクネといった教団幹部たちとは一線を画していた。
『本来……あちらの公爵令嬢が器となり……世界を喰らい尽くすはずであった……。だが、一人の異物の介入により……運命は狂った……』
ヴェルザの虚無の視線が、俺へと注がれる。
『ゆえに我が直々に……この世界の存在そのものを消去する……!』
直後、ヴェルザが掲げた指先から、全方位に向けて「存在消滅の波動」が解き放たれた。触れた岩石が一瞬で分子レベルで消滅し、無の世界へと還元されていく。
「させませんわ!」
エリザベートが前に躍り出た。
彼女の指先から解き放たれたのは、俺との誓いの証である『絶対零度の防護陣』。俺のペンダントと共鳴した黄金と青の光が層をなし、消滅の波動を真っ向から受け止めた。
ドォォォォォンッ!!
凄まじい衝撃波が霊峰全体を揺らす。だが、エリザベートの結界は傷一つ追わなかった。
「な……なに!? 存在消滅の波動を完璧に防いだと……!?」
セレスティナが驚愕の声を上げる。
「当然ですわ」
エリザベートは不敵な笑みを浮かべ、胸のペンダントを力強く握りしめた。
「私の心と力は、アルスの無限の愛と調和で満たされていますの。何も存在しない『虚無』ごときが、アルスと私の結びつきを消し去ることなど……万に一つも不可能ですわ!」
「よく言った、エリザベート! 次は私の番だ!」
クラリスが跳躍し、高空から大剣を振り下ろす。
「『極熱調和・金剛炎斬』!!」
俺の調和術式によって極限まで圧縮されたクラリスの炎が、ヴェルザの漆黒の外套を切り裂き、その不気味な肉体を激しく焼き焦がした。
『グァァァッ!? 熱だと……!? 我の虚無を灼き払うほどの熱量など……!』
「みんな、今です! 『虚無の王』の核が露わになりました!」
セレスティナの天球儀が眩しく輝き、敵の弱点部位をピンポイントで照射した。
「行きますよ、エリザベート、クラリス!」
俺は二人の背後に立ち、全魔力を注ぎ込んで最大規模の『三位一体・天地調和陣』を展開した。
「「「応っ!!!」」」
三人の心が、絆が、魔力が、完璧に一つへと重なり合っていく。
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