第28話

セレスティナの予告から一か月。

季節は深まり、ルーンベルク王国には初雪が舞い降っていた。


学園内は冬休みの帰省準備に追われていたが、特命課のメンバー——俺、エリザベート、クラリス、そして特例で特命課の顧問となったセレスティナの四人は、来るべき「冬の至りの日」に向けた最終調整を行っていた。


「ふむ……セレスティナの星詠みによれば、『虚無の王』の封印が破られる地点は、極北の地にそびえる『絶望の霊峰』……かつて魔王の居城が存在した場所ですね」


特命課の暖炉の前で、俺は地図を広げて確認していた。


「ええ。そこはかつて、私が暴走した際に目覚めるはずだった因縁の場所でもありますわ」


エリザベートは温かい調和茶のカップを手に、静かに語った。

今の彼女からは、かつての闇の気配など微塵も感じられない。洗練された彼女の氷魔力は、寒冷な冬の空気と共鳴し、より一層の透明感と威力を増していた。


「アルス、私の猛炎も極北の寒気に負けんぞ! サザンクロス皇国の親衛隊から、寒冷地用の魔導外骨格を取り寄せた!」

クラリスが自慢げに装備をアピールする。


「クラリス様、装備も重要ですが、大切なのは心の平穏です。『虚無』は心の隙間に入り込み、精神を侵食しますから」

セレスティナが天球儀を回しながら静かに助言した。


「分かっているさ! 私にはアルスの『調和茶』と、お前たちという仲間がいるからな!」


クラリスがニッと笑う。


決戦を数日後に控えたその夜。

学園の学生寮の広場では、初雪を祝う「星降る夜の祭」がひっそりと行われていた。


俺はエリザベートと二人きりで、雪がしんしんと降る中庭の東屋に佇んでいた。

白い吐息が空に消えていく。幻想的な月光と雪の反射が、エリザベートの銀髪を神秘的なまでに美しく照らし出していた。


「アルス……寒くありませんか?」


「ええ、大丈夫です。あなたの温もりが側にありますから」


俺がそう言うと、エリザベートは頬を染め、俺の腕に身を寄せてきた。

コート越しにも伝わる彼女の柔らかい体温。


「アルス……私、少し怖かったのです」


エリザベートがポツリと呟いた。


「もし……アルスに出会えていなかったら。もし、アルスが私の手をとってくれていなかったら……私はあの『絶望の霊峰』で、世界を呪いながら一人で滅びていたのかもし内……そう思うと、胸が押し潰されそうになるのです」


「エリザベート……」


俺は彼女の肩を抱き寄せ、その瞳をまっすぐに見つめた。


「もう『もしも』の話をする必要はありません。俺はあなたを選び、あなたは俺の手をとってくれた。それが全ての現実です。俺はあなたを絶対に離しませんし、世界にもあなたを奪わせたりしません」


俺はポケットから、小さな革製の箱を取り出した。


「決戦の前に……あなたに渡したかったものがあります」


箱を開けると、中から現れたのは、淡い桃色と純白の光を放つ、美しい「調和の魔導ペンダント」だった。

俺が過去数か月間、毎夜寝る間も惜しんで自身の全魔力と精密術式を注ぎ込んで作り上げた、世界に一つだけの防護魔導具だ。


「これは……?」


「俺の魔力の核と、あなたの氷魔力を永久に調和させるペンダントです。これがあれば、どんな悪意や精神汚染も、あなたを害することはできません。……俺の命の一部だと思って、身につけてください」


エリザベートは息を呑み、ペンダントを見つめた。

彼女の深海の瞳から、感動の涙がポロポロと零れ落ち、雪の上に小さな結晶となって落ちていく。


「アルス……っ! こんな……こんな素晴らしいものを……っ!」


「付けて差し上げますね」


俺がペンダントを彼女の首に回して留めてやると、ペンダントは眩い光を放ち、エリザベートの胸元で優しく馴染んだ。

その瞬間、俺とエリザベートの魔力回路が、言葉を超えた次元で完全に結びついたような、温かく深い充足感が二人を包み込んだ。


「アルス……愛しています……っ! 私の命も、心も、魂の全て……あなたにあげる……っ!」


エリザベートは感極まったように俺の首に抱きつき、背伸びをして俺の唇に熱い口づけを重ねた。


しんしんと降り積もる純白の雪の中。

二人の唇が重なり合い、深く、深く、永遠を誓うように交わり続ける。


かつて世界を滅ぼす「最凶の暴君」と恐れられた少女は、今や俺の愛を受け入れ、世界で一番愛おしい「祝福の聖女」となった。


決戦の時は近い。

『虚無の王』が目覚めようと、世界の因果が立ちはだかろうと関係ない。

俺たちは二人で手を携え、あらゆる試練を打ち破り、光輝く未来へと歩み続けるのだ。


雪の降る夜空の下、俺たちの愛と絆は、揺るぎない絶対の真実となって輝き続けていた。

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