第27話

南方の『朱雀の遺構』における異変を解決し、第三執行幹部アラクネを退けた俺たちの快挙は、瞬く間にルーンベルク王国とサザンクロス皇国の両国へ伝わった。


古代遺構の毒化を食い止め、南方の地脈を正常化させた功績は極めて大きく、王立魔法学園に戻った俺たちを待っていたのは、全校生徒と教師陣による盛大な歓迎であった。


「アルス、見てごらんなさい。校庭がまるで祝祭の広場のようになっておりますわ」


学園の本館バルコニーから見下ろすと、色とりどりの垂れ幕や魔法の光飾が秋の澄んだ空に映えていた。

隣に立つエリザベートは、優雅な礼服に身を包み、洗練された銀髪を秋風になびかせている。その胸元には俺が贈った手作りのロザリオ、そして左手の薬指には、陽光を受けて七色に煌めく氷結晶の婚約指輪。


「学園長やジュリアン殿下も大はしゃぎでしたからね。両国の緊張緩和にも繋がったと、大層な感謝状が届いていました」


「ふん、感謝状など当然だ! 我がサザンクロス皇国の危機を救ったのだからな!」


豪快な声と共に、バルコニーの扉を開けて入ってきたのはクラリスだった。

普段の戦闘用ドレスとは異なり、皇国の伝統的な金糸の刺繍が施された礼服を纏っている。健康的な褐色肌と赤髪が、絢爛な衣装によく映えていた。


「おいアルス、今夜の祝勝会では私と一緒に踊れよ! 我が皇国の勝者の舞を教えてやる!」


「あら、南方のお転婆姫。アルスファーストダンスの相手は、すでに彼の正式な婚約者である私に決まっておりますの。勝手に予定を入れないでくださる?」


エリザベートが即座に割り込み、冷ややかな笑顔でクラリスを牽制する。


「なにいっ!? 一番手は譲らんと言っただろう! アルス、お前はどちらと踊りたいのだ!?」


「ええと……二人とも、大広間での舞踏会は、主賓として三人並んで挨拶をする予定になっていますから……」


俺が苦笑いしながら宥めると、二人は互いに視線を交わし、ふんと鼻を鳴らした。

口喧嘩は相変わらずだが、南方での過酷な戦いを経て、互いの背中を預け合える絆が芽生えているのは紛れもない事実だった。


その夜、学園の大広間で開催された凱旋祝勝会は大盛況を極めた。


豪華な料理が並び、美しい弦楽の調べが響く中、俺たちは来賓や貴族たちからの挨拶攻めに遭っていた。

かつて俺を「零細男爵家の出来損ない」と蔑んでいた貴族たちも、今や最年少の準男爵であり、二大国の英雄となった俺に対して揉み手で追従を述べてくる。


(世渡りとは現金なものだな……)


俺が内心で苦笑していると、ふっと周囲の喧騒が引き、人波が割れた。


現れたのは、星の模様が刺繍された深い紺色のローブを纏った、神秘的な雰囲気を漂わせる一人の少女だった。

腰まで届く夜空色の髪と、星屑を散りばめたような銀色の瞳。彼女の手には、小さく輝く天球儀が握られている。


(あいつは……原作ゲーム『グラレガ』の隠しキャラ……『星詠みの巫女』セレスティナ……!?)


俺の記憶が即座に警鐘を鳴らした。

セレスティナ・ルナ・ルーンベルク。王家に連なる古い星詠みの一族の末裔であり、世界線や未来の分岐を観測する特殊な固有魔術を持つ少女だ。原作では、物語の最終章直前に現れ、主人公たちに「世界の終焉」についての重大な予言をもたらす役割を担っていた。


「初めまして、異世界の魂を持つ調和の指南役……アルス・ローゼンバーグ様」


セレスティナは静かに一礼し、透明感のある鈴を転がすような声で囁いた。


「なっ……!?」


俺は息を呑んだ。

「異世界の魂」——俺が前世の記憶を持つ転生者であることを、一瞬で見抜いたというのか。


「なにかしら、失礼な女ね。アルスになにを耳打ちしているのです?」


エリザベートが目ざとく察知し、俺の横にすっと滑り込んできた。その瞳には、新手のライバル(?)に対する警戒の色が浮かんでいる。


「お初にお目にかかります、破滅の運命を脱した美しき氷華の姫君……エリザベート様」


セレスティナは静かに深々と頭を下げた。


「私は星詠みの巫女、セレスティナ。今夜は貴方方に、星たちが囁く『重大な警告』をお伝えにまいりました」


「警告……?」

クラリスも肉料理を手に持ちながら近づいてきた。


セレスティナは天球儀をそっと掲げた。すると、天球儀から投影された幻影の星空が、俺たち三人を包み込むように広がった。


「『黒の教団』の執行幹部たちが相次いで倒れ、地脈の汚染は浄化されました。ですが……それによって世界の歪みは収束したわけではありません。むしろ、本来辿るはずだった『運命の軌道』が大きくズレたことで、世界の底に眠っていた『太古の虚無』が目覚めようとしています」


「太古の虚無……?」


「はい。教団の創始者であり、かつて世界を破滅寸前まで追い詰めた始祖の魔導師……『虚無の王ヴェルザ』。彼の肉体と魂が封印されている『星の棺』の封印が、冬の至りの日に完全に破られます」


セレスティナの銀色の瞳が、真剣な光を放つ。


「運命を変えたのは貴方です、アルス様。貴方がエリザベート様の救済を果たしたことで、世界はまったく新しい未来へと踏み出しました。……ですがその代償として、本来なら訪れるはずのなかった『最終の試練』が、今冬、この大陸全土を襲います」


広間の賑やかな音楽が、俺の耳にはどこか遠く感じられた。


原作ゲームの知識には存在しない、「運命の改変が生んだ新たなラストボス」。

俺が破滅フラグを折り続けた結果、世界そのものがバランスを取ろうとして、更なる脅威を呼び寄せたというのか。


しかし——俺の隣で、エリザベートが俺の手をギュッと強く握りしめた。


「どんな『太古の王』だか知りませんが……アルスが作ってくれたこの温かな世界を壊させたりはいたしませんわ」


エリザベートの深海の瞳には、一片の迷いもなかった。


「ええ、その通りだ!」

クラリスも大剣の柄を叩き、不敵に笑った。

「どんなバケモノが出ようと、我が猛炎とエリザベートの極氷、そしてアルスの調和で叩き潰すまで!」


二人の頼もしい言葉に、俺は胸の奥が熱くなるのを感じた。


「セレスティナ殿。予告に感謝します。……俺たちは逃げません。どんな未来が来ようと、俺たちの手で切り開いてみせます」


セレスティナは安堵したように口元を緩め、静かに頷いた。


「分かりました、光の導き手たちよ。私も星詠みとして、貴方方の力となりましょう」


新たな敵の影、そして迫りくる冬の決戦。

だが、俺たちの心は、かつてないほど強く結ばれていた。

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