第24話
クラリスが特命課に加わってから一か月が過ぎた。
当初は衝突ばかりしていたエリザベートとクラリスだったが、俺の介入と「調和茶」の効果もあり、徐々にではあるが互いの実力を認め合うようになっていた。
エリザベートの精密極まる氷魔力と、クラリスの圧倒的な火力の炎魔力。二人が手を取り合えば、文字通り国家規模の脅威すら退けられる最強の陣形が完成しつつあった。
だが、その平穏な日々の陰で、世界を揺るがす大きな「歪み」が静かに進行していた。
ある日の深夜。
俺は学園の地下書庫で、古文書の解読作業を行っていた。
原作ゲーム『グラレガ』の記憶を辿り、教団の残党や、今後起こり得る「第三の悲劇」の回避策を模索するためだ。
カツン……カツン……。
静まり返る書庫に、静かな足音が響いた。
振り向くと、そこには月光を浴びて佇むエリザベートの姿があった。ナイトドレスの上に薄い羽織を羽織っただけの無防備な姿だが、その表情は真剣そのものだった。
「アルス……やっぱりここでしたのね」
「エリザベート……こんな夜遅くにどうしたのですか? 冷えますから、早く部屋に戻って休んでください」
俺が立ち上がって上着を脱ぎ、彼女の肩に掛けてやると、エリザベートは嬉しそうに微笑み、俺の胸にそっと顔をうずめた。
「アルスが側にいないと、寂しくて眠れませんの。……それに、何か悩んでいるのでしょう?」
エリザベートの鋭い洞察力に、俺は苦笑を漏らした。
「隠せませんね。……ええ、少し懸念事項がありまして」
「教団の……残党のことですか?」
「それだけではありません。サザンクロス皇国と我が国の関係、そして……『星の狂い』です」
俺は古文書のページを指差した。
「原作……いえ、古くからの言い伝えでは、魔王の目覚めに合わせて世界各地の古代遺跡が活性化するとされています。『黒の教団』は倒しましたが、彼らが残した術式や、世界に蓄積された濁った魔力そのものが消えたわけではありません」
そう、アザゼルを倒したとはいえ、世界そのものの歪みが正されたわけではないのだ。
クラリスが学園に来たのも、南方で古代遺跡の暴走が頻発し、その解決の糸口を『調和魔術』に求めたからという側面があった。
「アルス……」
エリザベートは俺の手を強く握りしめた。
彼女の深海の瞳には、かつての不安や絶望の色は微塵もない。あるのは、力強い信頼と愛だけだ。
「どんな困難が訪れようと、私は恐れません。……かつての私は、自分の力に怯え、世界を呪い、孤独の中で壊れていくはずでした。それを救ってくれたのは、アルス……あなたです」
エリザベートは俺の薬指にある手作りの指輪に触れ、自身の薬指の指輪と重ね合わせた。
「私の力は、もう破壊のための暴君の力ではありません。あなたと共に歩み、あなたの大切な世界を守るための力です。何が起きようと、私があなたを守ります。だから……一人で抱え込まないでください」
「エリザベート……」
胸の奥から、温かい情動が溢れ出してくる。
俺は彼女をしっかりと抱きしめ返した。
かつてゲームの画面越しに見つめていた「悲劇の悪役令嬢」。
彼女は今、俺の腕の中で、世界で一番力強く、愛おしいパートナーとして存在している。
「ありがとうございます、エリザベート。あなたがいれば、俺はどんな運命だって変えてみせます」
「ふふ、当たり前ですわ。私はあなたの婚約者なのですから」
エリザベートは背伸びをし、俺の頬に優しくキスをした。
その時——書庫の影から、不機嫌そうな声が響いた。
「むむむ……! 夜中に二人でいい雰囲気になりおって! ズルいぞエリザベート!」
暗がりから現れたのは、腕を組んでジト目を向けるクラリスだった。どうやら俺たちが部屋から抜け出したのに気づいてついてきたらしい。
「クラリス……!? あなた、野盗のように人の密会を覗き見るなんて、相変わらず無作法ですわね!」
「密会とは何だ! 私もアルスの『調和』のパートナーだ! 南方の異変の話なら、私も混ぜろ!」
クラリスはプイッと横を向くと、俺の反対側の腕に強引に抱きついてきた。
「おいアルス、南方で異変が起きているなら、私も一緒に戦うぞ! お前とエリザベートだけにいい格好はさせんからな!」
「クラリス……! 離れなさい、そこは私の位置ですわ!」
「早い者勝ちだ! だいたいアルスは二の腕が引き締まっていて気持ちいいな!」
「なっ……! この泥棒猫ぉぉぉっ!!」
深夜の書庫に、エリザベートの氷の魔力とクラリスの炎の魔力が再び交錯し始める。
俺は苦笑いを浮かべながら、二人を宥めるために魔力を動かした。
世界の歪み、迫りくる新たな脅威。
だが、俺の隣には、更生を果たした世界最強の聖女エリザベート、そして心強い仲間となった猛炎の皇女クラリスがいる。
どんな運命が待ち受けていようとも、俺たちの絆と「魔力調和」があれば、絶対に乗り越えられる。
月光に照らされた書庫で、俺は確固たる決意と共に、二人の手をとるのだった。
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