第25話
サザンクロス皇国から届いた緊急知らせは、王国上層部および学園を揺るがすには十分すぎる内容だった。
南方の国境付近、かつて古代文明が隆盛を極めた大森林地帯に眠る「朱雀の遺構」——そこから、過去数百年にわたって観測されたことのない不気味な脈動と、濁った闇の魔力が噴出しているというのだ。
「——というわけで、今回の遠征任務には、我が特命課からアルス準男爵、エリザベート特命生徒、そして使節団筆頭のクラリス皇女の三名が選出された」
バルト教導官の重々しい声が特命課の教室に響く。
「教導官、その『朱雀の遺構』の異変は、やはり教団の残留術式と関係があるのですか?」
俺が挙手して尋ねると、教導官は硬い表情で頷いた。
「ああ。調査隊の報告によれば、遺構の地下深くで『黒の教団』が遺したと思われる大規模な魔術陣が発見された。放置すれば、南方の防衛線が崩壊するだけでなく、その汚染は王国全土へ拡大する恐れがある」
「ハハハ! 望むところだ!」
クラリスが豪快に拳を打ち鳴らし、身の丈を超える大剣を背中で鳴らした。
「我が故郷の土を汚す汚物どもめ、このクラリス・フォン・サザンクロスの猛炎で灰も残さず焼き尽くしてやる!」
「あら、相変わらず頭まで筋肉でできているような発言ですわね、野生児」
エリザベートがティーカップを優雅に傾けながら、冷ややかな視線をクラリスに向けた。
「力任せに炎を撒き散らせば、遺構そのものが崩落して二次災害を引き起こすだけですわ。本当にガサツなお方」
「なんだとエリザベート! 私とアルスが編み出した『効率的放熱術式』を見くびるなよ!」
「あら、アルスと『編み出した』? アルスがあなたに『授けて差し上げた』の間違いではありませんこと?」
「二人とも、そこまでです」
俺は二人の間に手を入れて宥めた。
相変わらずの口喧嘩だが、互いの魔力波長に対する理解は以前と比べて格段に深まっている。喧嘩の最中ですら、周囲に余計な魔力を漏らさない程度には、二人とも精密な制御を身につけていた。
「準備を整え次第、出発しましょう。今回は未知の古代技術と教団の闇魔術が交錯する危険な任務です。気を引き締めていきましょう」
「ええ、アルス。あなたと共に行く場所なら、どこであれ私にとって至高の聖域ですわ」
エリザベートはそう言って、甘い笑みを浮かべながら俺の腕に寄り添った。
数日後。
俺たちは王立魔法学園の大型魔導飛空船に乗り込み、一路、南方の大森林地帯へと向かっていた。
甲板に出ると、南国特有の湿り気を含んだ熱い風が肌を撫でる。眼下には、見渡す限りの深い緑が海のように広がり、その中央付近に異様な赤黒い光を放つ巨大な石造建造物が見えた。
「あれが……『朱雀の遺構』か」
「うむ。普段は神聖な朱色の光を放っているのだが……あれほど赤黒く淀んでいるとはな」
クラリスが真剣な眼差しで眼下を見つめる。
「アルス、見てちょうだい。大気中の魔力流(マナ・ライン)が不自然に歪められているわ。まるで……世界そのものが苦痛に喘いでいるかのように」
エリザベートが俺の手をぎゅっと握りしめた。彼女の感応力は、俺の指導と『魔力調和』の修練によって凄まじい精度に達している。
「教団の狙いは、単なる破壊ではありませんね。古代の遺構が持つ潤沢な地脈エネルギーを毒化し、広域汚染を引き起こすこと……」
飛空船が遺構の最寄りの調査拠点に着陸すると、俺たちはすぐさま地上へと降り立った。
周囲の樹木は黒く変色し、不気味な死の静寂が満ちている。
「アルス、先陣は私に切らせろ! この地脈の狂い、我らサザンクロスの民として見過ごせん!」
クラリスが大剣を引き抜き、先頭に立つ。
「勝手な行動はいけませんわ、クラリス。アルスの指揮に従いなさい」
エリザベートも氷の細剣を呼び出し、警戒を怠らない。
俺たちは警戒を密にしながら、不気味な赤黒い光を放つ遺構の大門を潜ぐった。
内部は古代の精巧な石造建築が続いていたが、壁面のレリーフには黒い粘着質の発光物質がこびりつき、異臭を放っている。
「来ます!」
俺の探知魔術が反応を示した直後、影の中から不気味な咆哮が轟いた。
現れたのは、黒い泥のような汚染魔力を身に纏った巨大な魔獣の群れ——教団の術式によって狂わされた『変異体』たちだった。
「ハッ! 雑魚どもが!」
クラリスが即座に踏み込み、大剣を薙ぎ払う。
彼女の刃から放たれたのは、荒々しいだけの炎ではない。俺の教えによって無駄な熱拡散を抑え、凝縮された「高密度流体炎」だ。一閃のもとに三体の変異体が焼き尽くされる。
「打ち漏らしは許しませんわ」
エリザベートが細剣を優雅に振るうと、逃げ出そうとした魔獣たちの足元から美しい氷華が咲き誇り、瞬時に絶対零度の結晶へと封じ込めた。
「見事な連携です、二人とも!」
俺は二人の後方で、全体の魔力バランスを監視しつつ、周囲の構造物に負荷がかからないよう『調和結界』を維持する。
かつては世界を滅ぼす「暴君」と「猛炎」と呼ばれた二人の少女が、今や俺の指揮のもとで完璧な調和を見せている。
その光景に頼もしさを感じつつも、俺は遺構の奥深くから漂ってくる、より濃密な「邪悪な気配」に眉をひそめた。
(この気配……ただの残留術式じゃない。地下深くに、教団の『生き残り』か……あるいはそれ以上の存在が潜んでいる!)
「奥へ急ぎましょう。本当の戦いは、これからです!」
俺の叫びに、エリザベートとクラリスが力強く頷き、俺たちは遺構の深部へと足を進めた。
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