第23話

サザンクロス皇国第一皇女クラリス・フォン・サザンクロスの留学生としての学園編入により、王立魔法学園の静寂は完全に破られた。


サザンクロス皇国といえば、弱肉強食と個の武力を至上とする戦乱の国家である。そのトップに君臨する第一皇女が、ルーンベルク王国の学園で「調和魔術」を学ぶという事態は、両国の外交にとっても極めて大きな意味を持っていた。


特命課の執務室。


南方の陽光を思わせる豪快な足音と共に、クラリスがドアを蹴り開ける勢いで入ってきた。


「おい、アルス! 今日も私にその『調和』とやらの極意を叩き込んでもらうぞ! 朝の稽古で大剣の魔力循環を試してみたが、いつもの半分の消費で二倍の威力の炎が出た! 凄まじいな、あの術式は!」


「クラリス殿下、扉は静かに開けてください。それと、学園内での大剣の帯剣は自重するようにと、昨日も注意したはずですが……」


俺は書類から目を離し、溜息を混じえながら応対した。

彼女の身に纏う過剰なまでの炎魔力は、特命課の室内温度を瞬時に数度引き上げている。


「ふん! 武人が武器を手放してどうする! それに『クラリス』でいいと言ったはずだぞ、アルス。我が皇国では、認めた男に対して堅苦しい敬称など使わん!」


クラリスはガハハと豪快に笑い、俺の隣の椅子へ当然のように腰掛けた。その距離が異様に近い。彼女特有の、野生の肉食獣を思わせるしなやかな体躯と、健康的な褐色肌から放たれる熱気が肌に伝わってくる。


——その瞬間。


ミシ……ミシシ……。


執務室内の湿気が一瞬で凍りつき、空気中の水分が美しい氷晶となって空間に舞った。


「泥棒猫……いえ、南方のアブラムシが、私のアルスに気安く触れないでくださる?」


ティーカップをソーサーに置く繊細な音と共に、エリザベートが立ち上がった。

洗練された銀髪を優雅に揺らし、彼女が解き放つのは「絶対零度」の威圧感だ。


「誰がアブラムシだ! 私は正真正銘、サザンクロス皇国の第一皇女クラリスだぞ! それにアルスはお前の所有物ではないだろう!」


「いいえ、アルスは私のものですわ。指輪も交わしましたし、将来のお婿様として私のすべてを捧げると誓った仲です。……それとも、記憶力が乏しい南方の野生児には、もう少し体に叩き込んで差し上げた方がよろしくて?」


「面白い! ならば昨日のお預けとなった勝負、ここで決着をつけようじゃないか!」


クラリスが背中の大剣に手を伸ばし、エリザベートの手元に美しい氷の細剣が形成される。

室内の温度が「灼熱」と「極寒」の間で激しく揺れ動き、備品の調度品が悲鳴を上げ始めた。


(またこれか……! 放っておいたら執務室が吹き飛ぶ!)


「二人とも、そこまでです!」


俺は二人の間に割って入り、手慣れた動作で『二重調和陣』を展開した。

左手でクラリスの荒れ狂う炎魔力を包み込んで滑らかに分散させ、右手でエリザベートの鋭利な氷魔力を優しく包み込んでその殺気を和らげる。


ふっと、室内に爽やかな春の風が吹き抜けた。


「くっ……相変わらず見事な魔力捌きだ……。私の炎が、まるで温かい温泉のように解解(ほど)けていく……」


クラリスが自身の掌を見つめ、感嘆の息を漏らす。


「アルス……私のお仕置きを邪魔するなんて、意地悪ですわ……」


一方のエリザベートは、俺の手によって魔力を削がれると、途端に可憐な表情に戻って俺の袖口をぎゅっと掴んできた。


「エリザベート、喧嘩はいけません。クラリスも、学園のルールは守ってください。……せっかくですから、三人でお茶にしましょう」


俺はテーブルの上に、昨日新しくブレンドした特製薬草茶『朱雀と氷華の調和茶』を淹れた。

クラリスの炎魔力を落ち着かせる涼やかな薬草と、エリザベートの冷えた心を温める甘い果実を組み合わせた、俺の特製ブレンドだ。


「ほう……? なんだこのお茶は。甘い香りがするな……」


クラリスがおずおずとカップを手に取り、一口飲んだ。

その瞬間、彼女の赤い瞳が大きく見開かれた。


「な、なんだこれは……!? 体が……熱すぎる炎がスーッと体内に馴染んで、魔力の巡りが恐ろしいほどスムーズになるぞ!? 美味しい上に、このような効果があるとは……!」


「ふん、当然ですわ。アルスの淹れるお茶は、世界一美味しいのですから」


エリザベートは鼻を高くしつつも、自分のカップを上品に傾けた。


「……ですが、アルス。クラリスにばかり気を取られないでくださいね? 私、最近アルスとの『調和のスキンシップ』が足りていませんの」


「エ、エリザベート? スキンシップとは……?」


「こういうことですわ」


エリザベートは当然のような顔で俺の膝の上に腰掛け、俺の首に腕を回してきた。

甘い花の香りと、氷のように滑らかな肌の触感が俺の五感を刺激する。


「むおっ!? お、おいエリザベート! 何をしているんだお前は!?」


クラリスが顔を真っ赤にして立ち上がった。


「何って、婚約者同士の当然の触れ合いですわ。羨ましければ、あなたも自国に帰って婚約者でも探したらどうかしら?」


「ぐぬぬ……! 私には婚約者などおらん! だが……私だって、アルスに抱きつかれてみたいぞ!」


「ダメに決まっているでしょう、この野蛮人!」


膝の上のエリザベートが氷の瞳で威嚇し、クラリスがキーキーと反論する。

俺は二人の美少女の熱い視線と魔力に挟まれながら、深々と溜息をついた。


(更生計画は成功したはずなのに……なんだか以前より賑やかで、心臓に悪い日々になってきたな……)


窓の外では、春の桜に似た桃色の花びらが舞っている。

波乱を含みつつも、俺たちの新たな学園生活は、どこまでも温かく続いていくのだった。

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