第21話
エリザベートとの婚約発表、そして王立魔法学園祭での『黒の教団』幹部アザゼルの撃破から数か月が経過した。
季節は巡り、王立魔法学園にも新年度の春が訪れていた。
かつて破滅の暴君として恐れられていたエリザベート・フォン・ヴァルハイトの名声は、今や「王国の至宝」「奇跡の聖女」として大陸全土に轟いている。そして、その隣に立つ俺——アルス・ローゼンバーグもまた、最年少で準男爵位を賜り、学園内での地位を確固たるものとしていた。
「アルス、見てちょうだい。今年の『特命課』への入課希望者の数……昨年の三倍以上だそうよ」
放課後の生徒会室兼特命課執務室。
麗しい春風が吹き抜ける窓辺で、エリザベートが数書の書類を手に微笑んでいた。
洗練された銀髪をなびかせ、左手の薬指に輝く氷結晶の婚約指輪を愛おしそうに撫でる彼女の姿は、まさに絵画のような美しさだ。
「昨年の俺たちの活動成果と、エリザベートの魔力制御の成功例が評価された証拠ですね。ですが……あまり人数が増えすぎると、一人ひとりに合わせた『魔力調和』の個別指導が行き届かなくなってしまいます」
「ふふ、大丈夫よ。アルスの負担が増えるようなら、私が選考段階でビシッとふるい落としてあげるわ。アルスの貴重な時間を奪うような不届き者は、私が凍らせて差し上げますもの」
「エリザベート、物穏やかでない表現はやめましょうね? もう私たちは暴君ではなく聖女なのですから」
「もう……アルスの前ではただの可憐な婚約者よ」
エリザベートは頬を染め、甘え gesture で俺の腕に自身の腕を絡めてきた。
相変わらずの圧倒的な愛の重さだが、かつての狂気に満ちた暴走とは異なり、今の彼女の魔力は春の日だまりのように温かい。俺の「更生計画」は完全に成功し、俺たちの絆は盤石なものとなっていた。
——だが、世界は俺たちが思うほど平穏には作られていなかった。
突如として、執務室の重厚な扉が大きくノックされた。
「アルス準男爵、エリザベート様! 失礼いたします!」
飛び込んできたのは、生徒会長であるジュリアン殿下の側近騎士だった。その顔には尋常ならざる焦燥の色が浮かんでいる。
「どうしたのですか、そんなに慌てて」
「南方の『サザンクロス皇国』より、第一皇女殿下が率いる使節団が到着いたしました! ……ですが、その使節団が校門前でトラブルを起こしておりまして……!」
「サザンクロス皇国……?」
俺とエリザベートは顔を見合わせた。
サザンクロス皇国といえば、大陸南方に位置する広大な軍事大国であり、王立魔法学園の存在するルーンベルク王国とは長年、表面上の友好関係を保ちつつも激しい冷戦状態にある国だ。
原作ゲーム『グラレガ』の展開では、皇国は物語の中盤以降に「第三の勢力」として登場し、主人公たちの前に立ちふさがるはずだった。
「トラブルとは何事です?」
「それが……第一皇女殿下が『ルーンベルクの誇る聖女と、噂の調和術師の真偽を確かめる』と仰り、校門前で魔導兵器を展開して『手合せ』を要求しておられるのです!」
「まあ……粗野な南方の蛮族らしいやり方ですわね」
エリザベートの深海の瞳に、冷ややかな氷の光が宿った。
更生したとはいえ、彼女の誇りを汚そうとする者に対する容赦のなさは健在だ。
「行きましょう、エリザベート。学園の平穏を守るのも、特命課の仕事です」
「ええ、アルス。私の愛する日常を害する者には、少しお仕置きが必要なようですわ」
俺たちは身なりを整え、騒然とする学園の校門へと向かった。
校門前に到達すると、そこには異様な光景が広がっていた。
金色と漆黒の装飾が施された豪奢な馬車の周囲に、重厚な魔導鎧を纏った兵士たちが陣取っている。そしてその中心に、褐色肌に燃えるような赤髪を束ねた、一人の少女が立っていた。
背中には身の丈ほどもある巨大な大剣。身体から溢れ出すのは、過剰なまでに荒々しい「炎属性」の魔力だ。
(あいつは……サザンクロス皇国第一皇女、クラリス・ヴァルハイト……! いや、ヴァルハイトじゃない、クラリス・フォン・サザンクロス!)
俺は一瞬で彼女の正体を認識した。
原作ゲームにおける「猛炎の皇女」。圧倒的な物理・魔法攻撃力を誇り、向こう見ずな性格で戦場を駆け抜ける、もう一人の強敵キャラクターだ。
「ハハハ! なんだなんだ、ルーンベルクの生徒どもは腰抜けばかりか!? この程度の炎の威圧で腰を抜かすとは、呆れたものだな!」
クラリス皇女は大剣を地面に突き立て、高らかに笑い声を上げていた。学園の防衛騎士たちが気圧され、近づけずにいる。
「そこまでにしていただきましょうか、皇女殿下」
俺が静かに声をかけると、クラリスの鋭い眼光が俺たちに向けられた。
「む……? お前が噂の『調和術師』アルス・ローゼンバーグか? そして後ろにいるのが……『聖女』エリザベートだな!」
クラリスは不敵な笑みを浮かべ、エリザベートを指差した。
「我がサザンクロス皇国は、力こそがすべての国! お前たちが『黒の教団』の幹部を倒したという噂を聞き、居ても立ってもいられずやってきた! さあエリザベート! 私と本気の勝負をしろ! もしお前が負けたら……そのアルスとかいう男、我が皇国の筆頭魔導師として奪い取ってやる!」
「……なんですって?」
その瞬間、周囲の空間の温度が劇的に低下した。
エリザベートの背後から、目視できるほどの濃密な「絶対零度」の殺気が膨れ上がる。
「今……なんと仰いましたの? 南方の泥泥(どろどろ)した蛮族の姫君」
「泥だと!? ふん、威勢だけはいいな! アルスとかいう男の技術、我が皇国にこそ相応しい! お前のような温室のの花には勿体ないわ!」
クラリスが炎の大剣を引き抜き、凄まじい熱波を撒き散らす。
一方、エリザベートは静かに一歩前に踏み出し、黄金と氷の魔力を解放した。
(やばい……! エリザベートの嫉妬と所有欲が極限突破している……!)
俺は冷や汗を拭いながら、介入のタイミングを伺うのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます