第20話
俺とエリザベートの婚約発表は、王国全体に未曾有の衝撃をもたらした。
下級貴族出身の少年が、公爵家の至宝であり「奇跡の聖女」と称されるエリザベート・フォン・ヴァルハイトの唯一無二の伴侶となったのだ。かつて俺を「貧乏貴族」と見下していた貴族層は一転して手のひらを返し、祝賀の品々や媚びを売る手紙が山のように届いた。
しかし、俺たち二人にとって、そんな世間の喧騒などどうでもいいことだった。
婚約から数週間後。
学園の長期休暇を利用し、俺たちは懐かしきヴァルハイト公爵城へと帰還していた。
澄み渡る秋晴れの下、咲き誇るバラに囲まれた庭園。
そこは、俺とエリザベートが初めて「魔力調和」のレッスンを行った思い出の場所だった。
「ふふ、懐かしいわね、アルス。ここで私が『黒炎嵐』を吹き荒らせて、アルスを困らせたのよね」
白いドレスに身を包んだエリザベートが、日傘をさしながら楽しそうに微笑んだ。
その首元には俺が贈った手作りのロザリオ、そして左手の薬指には、あの日俺が嵌めた氷の婚約指輪が眩しく輝いている。
「ええ、あの時は本当にどうなることかと思いましたよ。『敵を肉片にする』なんて仰っていたのですから」
「もう、昔のことは言わないで。あの頃の私は、自分の力で誰かを傷つけることしか知らなかった……。でも、アルスが私に教えてくれたの。『力は誰かを守り、育むために使うものだ』って」
エリザベートは日傘を閉じると、ゆっくりと俺に歩み寄り、俺の胸にそっと頭を預けた。
「アルスが私の手をとってくれたから、私は暗闇から抜け出せた。アルスが私を褒めてくれたから、私は自分の力を好きになれた。……私の世界のすべては、アルスがくれたものなの」
「エリザベート……」
俺は彼女の肩を抱き寄せた。
前世のゲーム『グラレガ』の記憶。
原作の彼女は、狂気と憎悪に身を投げ打ち、最後は主人公たちに討たれるという悲惨な末路を辿るはずだった。
だが、今目の前にいる彼女は、誰よりも温かく、誰よりも優しい瞳で俺を見つめている。
俺がやってきたことは間違っていなかった。
一人の少女の運命を救い、世界を破滅から救い出したのだ。
「アルス。私、公爵家を継いだら、アルスの『魔力調和理論』を全国の学校に広めたいの。暴力や恐怖で魔法を使うのではなく、誰かを愛するために魔法を使う……そんな世界にしたいわ」
「素晴らしい考えです、エリザベート。あなたとなら、きっとそんな温かな世界を作ることができます」
「ええ。……だからね、アルス?」
エリザベートは背伸びをし、俺の耳元で甘く、どこまでも深い囁きを漏らした。
「一生……私の側で、私を指導し続けてね? 私の旦那様として……そして、私だけの『永遠の指南役』として」
「ええ。約束します、エリザベート」
俺が頷くと、エリザベートは満面の笑みを浮かべ、俺の唇にそっと自分の唇を重ねた。
柔らかく、甘い体温。
庭園に吹き抜けた黄金色の風が、祝福するように二人の髪を揺らした。
かつて【最凶の暴君魔王】と呼ばれた少女は、今や世界で最も気高く、最も深い愛を持つ「最高の伴侶」となった。
そして俺は、彼女の情熱的すぎる愛に少しだけ苦笑しながらも、これから始まる永遠の未来を共に歩んでいく。
悪役令嬢の更生計画は、ここに完璧な大団円を迎えたのだった。
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