第19話
学園祭での『黒の教団』第一執行幹部アザゼルの討伐と極大結界の浄化は、裏の歴史として王国上層部へ即座に報告された。
表向きは「学園祭の演出」として片付けられたものの、教団の幹部を一瞬で沈めた十五歳の少年少女——すなわち俺とエリザベート様の存在は、もはや国王や重臣たちにとっても無視できない「国家級の特異点」となっていた。
そんな中、秋の学園祭が終わり、穏やかな静けさを取り戻した特命課の教室。
放課後の夕暮れ時、俺とエリザベート様は二人きりで魔導書の解読を行っていた。
「——なるほど。第三節の魔力干渉をこのようにバイパスさせれば、消費魔力をさらに三割削減できますね」
「まあ……! 流石はアルスだわ。こんな複雑な古代回路を、一瞬で書き換えてしまうなんて」
エリザベート様はうっとりとした瞳で俺を見つめ、ごく自然な動作で俺の肩に頭を預けてきた。
夕日に照らされた彼女の長い銀髪がキラキラと黄金色に輝き、甘い花の香りが鼻腔をくすぐる。
かつて世界を破滅へと導いた【最凶の暴君魔王】の面影はどこにもない。ここにあるのは、俺を深く愛し、俺の言葉を世界の真理と信じて疑わない、一人の可憐な少女の姿だけだ。
(更生計画は完璧に達成された……。だが、最近の彼女の距離感は、もはや「指南役と生徒」の枠を完全に踏み越えている気がするな……)
俺が密かに冷や汗をかいていると、教室のドアがノックもなく勢いよく開かれた。
「失礼するよ、二人とも!」
現れたのは、生徒会長であり第二王子のジュリアン殿下、そして生徒会役員の数名だった。
ジュリアン殿下は以前の教団撃退劇と模擬戦の一件以来、エリザベート様に対して並々ならぬ敬意(と、微かな恐怖)を抱いている。だが今日は、その顔に普段以上の緊迫感を漂わせていた。
「ジュリアン殿下……? いかがされましたか?」
俺が立ち上がって礼をとると、ジュリアン殿下は真剣な眼差しで一枚の羊皮紙をテーブルの上に広げた。
「国王陛下より、直々に特勅が下ったのだ。……アルス・ローゼンバーグ君。君の『魔力調和理論』の功績、および学園祭での教団幹部撃退の武功を讃え、君に『準男爵』の爵位と、ヴァルハイト公爵家の正式な『筆頭側近』としての地位が下賜されることとなった」
「え……? 私が……準男爵に?」
俺は驚愕した。
ローゼンバーグ家は辺境の零細男爵家に過ぎない。その長男である俺が、十五歳にして自らの功績で独立した爵位を得るなど、異例中の異例だ。
「それだけではない」
ジュリアン殿下はニヤリと笑い、エリザベート様の方を向いた。
「ヴァルハイト公爵閣下と王室の合意により……エリザベート君とアルス君の『正式な婚約』が認められた。これは王家公認の決定だ」
「婚約……!?」
俺が思わず叫ぶと同時に、隣でエリザベート様の体がビクッと跳ね上がった。
静まり返る教室。
エリザベート様はゆっくりと立ち上がると、信じられないものを見るかのように胸元の手作りロザリオをぎゅっと抱きしめた。
彼女の深海の瞳が、みるみるうちに歓喜の涙で潤んでいく。
「こん……やく……? アルスと私が……正式に……結婚できるの……?」
「ああ。君たちの絆と実力は、もはや誰も引き裂くことはできない。王家としても、君たち二人を最優先で庇護し、未来の王国の礎としたいのだ」
ジュリアン殿下がそう告げた瞬間——。
バァンッ!!
エリザベート様が爆発的な勢いで俺の胸に飛び込んできた。
「アルスうぅぁぁぁぁっ!!」
「ぐおっ!?」
十歳から鍛え上げられた彼女の圧巻の魔力と身体能力による抱きつきだ。俺の肋骨がミシミシと悲鳴を上げる。だが、彼女は俺の首に固く腕を回し、俺の胸に顔をうすめてポロポロと涙を流した。
「嬉しい……! 嬉しいわアルス……っ! 私、夢みたい……! ずっとずっと、あなたのお嫁さんになりたかったの……っ!」
「エ、エリザベート様……っ! 苦しい、息が……!」
「逃がさない……もう絶対に逃がさないわ……! 世界中の誰も、私からアルスを奪えない……!」
ジュリアン殿下や生徒会の面々は、公爵令嬢のあまりにも凄まじい「愛の重さ」と「圧倒的執着」を目の当たりにし、ひえっと息を呑んで後ずさった。
「はは……素晴らしい絆だね。では、私はこれで失礼するよ……!」
ジュリアン殿下たちは、巻き込まれるのを恐れるように早足で教室を立ち去っていった。
残された室内。
俺は腕の中で泣きじゃくるエリザベート様を優しく抱きかかえ、彼女の頭を撫でた。
「エリザベート様……落ち着いてください。私も、あなたと共にあることを誇りに思っています」
「様、じゃないわ……」
エリザベート様は涙で濡れた瞳を上げ、上目遣いで俺を見つめた。
「これからは……『エリザベート』って呼んで? あなたの婚約者なんだから……」
「……分かりました。エリザベート」
俺がその名を呼ぶと、彼女は熟したリンゴのように顔を真っ赤にし、ポケットから小さな小さな飾りのついた指輪を取り出した。彼女自身が氷の結晶と魔力で作った、透明に輝く美しい指輪だ。
「これ……嵌めて? アルスの手で……」
俺は微小な苦笑を浮かべつつ、彼女の薬指にその指輪を滑り込ませた。
指輪が指に収まった瞬間、七色の光が溢れ出し、彼女と俺の魔力回路が永久に結ばれたような心地よい温もりが駆け巡った。
(ああ……俺の人生は完全に決まった。破滅フラグを折った結果、世界最強の美少女に一生愛され続けるという、甘く重い運命の中に俺はいるんだ)
俺は彼女を強く抱きしめ返し、これから始まる新たな未来に想いを馳せるのだった。
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