第18話
迎えた学園祭当日。
王立魔法学園は早朝から多くの来客で溢れかえり、熱気に包まれていた。
特命課の『調和喫茶』も大盛況だった。
エリザベート様が笑顔で運ぶ薬草茶は「飲むと心が洗われる」「魔力の巡りが劇的に良くなる」と評判を呼び、店外には長蛇の列が出来上がっている。
「アルス、私、上手に接客できているかしら?」
「はい、完璧ですよエリザベート様。お客様も皆、あなたの素晴らしい気品と優しさに感銘を受けておられます」
「ふふ、アルスに褒めてもらえるなら、いくらでも頑張れるわ」
エリザベート様は心底嬉しそうに頬を緩めた。
その清らかな笑顔を守るため、俺は裏で密かに動いていた。
(教団の結界の起動予定時刻は……正午。あと三十分もない)
俺は休憩時間を理由に一時的に店を離れ、前夜アザゼルが指し示した学園最下層の「旧儀式場」へと向かった。
もちろん、一人で行くつもりはない。
「——アルス、やっぱりここだったのね」
暗い地下階段の途中で、聞き慣れた愛おしい声が響いた。
振り返ると、給仕服のままのエリザベート様が立っていた。彼女の胸元では、俺の贈ったロザリオが力強く輝いている。
「エリザベート様……なぜここに?」
「アルスが私に嘘をつく時の癖、分からないとでも思ったの? 一人で危険なことをしようとしていたでしょう」
エリザベート様は少しだけ不満そうに唇を尖らせたが、すぐに俺の側に歩み寄り、その手をとった。
「私を仲間外れにしないで。……アルスと一緒に戦うのが、私のいちばん幸せな時間なんだから」
「……すみません、エリザベート様。感謝いたします」
俺たちは手を繋ぎ、旧儀式場の大扉を押し開けた。
広い空間の中央には、不気味な赤黒い光を放つ巨大な魔法陣が浮かび上がり、その中央にアザゼルが降臨していた。
「ククク……お揃いで来ましたか。だが愚かな! 結界の起動はすでに完了している! 溢れ出よ、古代の絶望、精神の狂気よ——!」
アザゼルが手を掲げると、凄まじい密度の「精神汚染の波」が儀式場全体から解き放たれた。学園全体を狂気に巻き込み、人々の正気を奪う最悪の闇魔術だ。
「ハハハ! どうだ公爵令嬢! この闇の波動に呑まれ、本来の破壊の衝動を思い出すがいい!」
アザゼルが高笑いを響かせる。
——しかし。
そよ……。
儀式場に吹き抜けたのは、どこまでも優しく、暖かな「黄金の風」だった。
「……え?」
アザゼルが目を見開いた。
解き放たれたはずの赤黒い狂気の波動が、エリザベート様の一振りによって解き放たれた黄金の風に触れた瞬間、綺麗に浄化され、爽やかな光の粒子となって消え去っていくのだ。
「な……なぜだ!? 教団秘伝の精神汚染だぞ!? なぜ正気を保っていられる!?」
「精神汚染……?」
エリザベート様は冷ややかな視線をアザゼルに向けた。
「そんな安い邪気で、私の心が乱れるわけがないでしょう。……私の心には、いつだってアルスがいてくれるのだから」
エリザベート様が胸元のロザリオに手を置く。
そこに込められているのは、俺が半年間かけて注ぎ込んだ「完璧な調和と防護の加護」。教団の汚い闇など、爪の先ほども通じるはずがなかったのだ。
「それに……アルスと私が二人で作った大切な学園祭を邪魔するなんて……」
エリザベート様の全身から、黄金と澄み切った氷の魔力が溢れ出す。
それは世界を滅ぼす「暴君の闇」ではなく、大切なものを守るために磨き上げられた「聖女の光」だった。
「絶対……許さないわ!」
「ひ、ヒィィィッ!? 待て、暴走していない!? 完全に魔力を制御しているだと……!?」
「行きますよ、エリザベート様! 全魔力展開!」
「ええ、アルス! 『聖光調和陣』!」
俺とエリザベート様が同時に手を掲げ、二人の魔力を完璧に融合させた。
俺の精密な術式構成と、エリザベート様の規格外の魔力出力。
前世のゲームにも存在しなかった、世界最高の『合体魔術』が完成した。
ドォォォォォンッ!!
眩いばかりの聖なる光が儀式場を埋め尽くし、アザゼルの張った不気味な結界も、彼自身の闇の魔力も、一瞬にして影も残さず消滅・浄化された。
「ぐはぁぁぁぁっ! ば、化け物めぇぇぇっ!!」
アザゼルは聖光に打ち倒され、絶叫と共に崩れ落ちて気絶した。
静寂が戻った旧儀式場。
教団の陰謀は、誰一人傷つくことなく、完璧に未然に防がれたのだ。
「ふぅ……やりましたね、エリザベート様」
俺が息を吐いて振り返ると、エリザベート様は給仕服の裾をキュッと握り締め、感極まったように俺の胸に飛び込んできた。
「アルス……! 私、守れたわ! アルスとの大切な学園祭を、私自身の力で守れたのね……!」
「ええ、お見事でした。エリザベート様はもう、誰にも負けない強い心を持った、世界一素晴らしいお方です」
俺が彼女を強く抱きしめ、頭を優しく撫でてやると、エリザベート様は涙を浮かべながらもうっとりとした笑顔を見せた。
闇堕ちの運命は完全に潰えた。
教団の脅威も去り、彼女はもう二度と「暴君」として世界を脅かすことはないだろう。
更生計画は、これ以上ない形で完全な大勝利を収めたのだ。
……ただ。
「ねえ、アルス……」
エリザベート様は俺の首に柔らかい腕を回し、耳元で甘く熱い息を吹きかけてきた。
「私、もっともっと強くなって……アルスを一生守ってあげる。……だから、アルスも約束して? これから先、どんなことがあっても、私のお婿さんになってくれるって……」
「え……お、お婿さん!?」
俺が驚いて固まると、エリザベート様はどこまでも深く、愛おしさに満ちた深海の瞳で俺を見つめ返してきた。
「逃がさないわよ、アルス。私はあなたに救われて、あなたに全てを捧げたんだもの。……私の人生のすべては、あなたのものなんだから」
首元で七色に輝くロザリオ。
それは最凶のラスボスを改心させた奇跡の証であり——そして俺の人生を永遠に彼女の隣に繋ぎ止める、甘く幸福な愛の契りだった。
晴れやかな秋空の下、学園祭の賑やかな歓声が聞こえてくる。
俺とエリザベート様の、どこまでも愛おしく、少しだけ激しい日常は、これからも永遠に続いていくのだった。
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