第17話

王立魔法学園に秋の訪れを告げる大イベント、「王立学園祭」の準備が本格化していた。

校内は色とりどりの装飾や模擬店の天幕で彩られ、普段は厳格な生徒たちも高揚感を隠せない様子を見せている。


特命課の教室でも、出し物についての話し合いが進められていた。


「——というわけで我が特命課は、来場者の魔力特性を測定し、それに合わせた特別な『調和茶』を提供する喫茶店を行うこととなった!」


バルト教導官の力強い宣言に、クラス中から歓声が上がる。

この企画の発案者は、もちろん俺だ。前世の知識と『魔力調和理論』を応用し、客の魔力属性に合わせた薬草茶を振る舞うという嗜好性の高い企画である。


「アルス、楽しみね。二人で一緒にお給仕をするのね?」


隣のエリザベート様は、すでに俺と二人きりで接客する未来を想像しているらしく、心底嬉しそうに深海の瞳を輝かせている。彼女が着用しているのは、学園祭用に用意された気品あふれるクラシカルな給仕服だ。そのあまりの可憐さに、教室内の男女問わず多くの生徒が溜息を漏らしていた。


「ええ、エリザベート様。ですが、当日はたくさんの来客が予想されます。くれぐれも一般のお客様を凍らせたりしないでくださいね?」


「アルスが私の隣にいてくれるなら、私、世界で一番優しい接客をしてみせるわ」


エリザベート様はそう言って、俺の手をギュッと握りしめた。

ここ最近の彼女の魔力制御は完璧そのものであり、俺が側にいる限り暴走の兆候すら見せない。更生計画の成果は揺るぎないものとなっていた。


——だが、その平穏な学園祭の裏で、暗い影が蠢き始めていた。


学園祭の前夜。

最終準備を終えた俺は、忘れ物を取りに一人で校舎の地下保管庫へと足を運んでいた。

薄暗い廊下を歩いていると、突如として周囲の空間が重く歪み、冷ややかな狂気が肌を刺した。


「……誰だ?」


俺が腰の細剣に手をかけると、暗がりの中からゆらりと一人の男が姿を現した。

黒い文様が刻まれた異形の仮面をつけ、漆黒の法衣を纏った男。かつて街道で返り討ちにしたネクロシスとは異なる、より濃密な闇の威圧感を放つ人物だった。


「初めましてかな、ローゼンバーグ家の小僧。『黒の教団』が第一執行幹部、アザゼルと申します」


男は慇懃無礼に深々と一礼した。


(第一執行幹部アザゼル……!?)


俺の背中に冷や汗が流れた。

原作ゲーム『グラレガ』において、教団のトップクラスの戦力として終盤に登場する凄腕の暗殺者であり、精神干渉魔術の達人だ。


「何の用だ、教団の幹部がこんなところで」


「ククク、警戒なさるな。今宵は戦いに来たわけではありません。……提案に来たのですよ、小僧」


アザゼルは細い指を滑らせ、怪しい紫色の光を放つ小さな水晶玉を取り出した。


「エリザベート・フォン・ヴァルハイト……あの類稀なる闇の器は、本来ならば世界を踏みにじる至高の『魔王』となるべき存在。……それを、お前のような下級貴族の温い愛とやらに繋ぎ止め、牙を抜いた愛玩動物のように仕立て上げるとは、興覚めもいいところだ」


「牙を抜いたのではない。彼女は自らの意思で、優しさと正しさを選んだのだ」


「優しさ? 正しさ?」

アザゼルはクックックと不気味に笑った。


「可笑しいことを仰る。あのお方の本質は『執着』と『破滅』。お前という楔(くさび)があるからこそ保たれている偽りの平穏に過ぎん。……ならば、その楔が消え去った時、あのお方はどうなると思われる?」


「なに……?」


「学園祭の最中、我らは学園全体を覆う極大の精神汚染結界を起動する。お前がその犠牲となり、目の前で命を落とした時……エリザベート様の中の闇は爆発し、今度こそ世界を滅ぼす完全なる絶望の魔王が誕生するのだ」


アザゼルの言葉に、俺は強い怒りを覚えた。

こいつらはどこまでもエリザベート様を「道具」としてしか見ていない。彼女がどれほどの苦しみを乗り越え、今の穏やかな笑顔を手に入れたのかを理解しようともせず、ただ己の野望のために踏みにじろうとしているのだ。


「そんなことは……させない!」


「フハハ! 抗うか小僧! だが手遅れだ。結界の核はすでに学園の地下深くに打ち込まれた。明日、学園祭の熱気が最高潮に達した時、すべては終わりを迎える!」


アザゼルは紫の煙と共に空間の歪みの中に消え去った。


(くそっ……! 学園全体を巻き込む精神汚染結界だと……!?)


静まり返る地下廊下で、俺は拳を強く握りしめた。

原作の展開とは完全に異なる、教団の土壇場での力押し。

だが、俺が怯む理由などどこにもない。


(エリザベート様が命がけで手に入れた平穏な日常を……俺たちの学園祭を、そんな下らない陰謀で壊されてたまるか!)


俺は地下の暗闇を見つめ、決意を新たにするのだった。

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