第16話
三年生首席のライナーを圧倒した模擬戦から数日。俺とエリザベート様の名声(と恐怖)は、学園全体に瞬く間に広がっていた。
そんなある日の放課後、特命課の教室に一人の人物が訪れた。
「失礼するよ、エリザベート君、そしてアルス君」
現れたのは、金髪を華やかに流した気品あふれる少年——王立学園の生徒会長であり、王国の第二王子でもあるジュリアン・フォン・グランヴェル殿下だった。
原作『グラレガ』においては、主人公の頼れる先輩であり、高い人望と政治力を誇る主要キャラクターの一人だ。
「ジュリアン殿下……? 何の御用でしょうか」
俺が恭しく礼をとると、ジュリアン殿下は柔らかな笑みを浮かべた。
「そう身構えないでくれ給え。君たちの模擬戦での活躍、実に素晴らしかったよ。一回生にしてあの洗練された魔力制御と連携……感服した。そこでだ、エリザベート君。君を我が『生徒会執行部』の副会長として迎え入れたいのだ」
ジュリアン殿下は優雅な動作で、金箔の押された招待状を差し出した。
「ヴァルハイト公爵家の血統と、君自身の圧倒的な実力。君が生徒会に入れば、学園の秩序はより強固なものとなる。もちろん、君の才能を存分に発揮できる特権と環境を約束しよう」
第二王子からの直接の勧誘。普通の生徒であれば、これ以上ない名誉に歓喜するところだ。
だが——エリザベート様は差し出された招待状を一瞥すらしようとしなかった。
「お断りします」
即答だった。
「……なに?」
ジュリアン殿下が一瞬、笑みを凍りつかせた。
「私には、そんな下らない生徒会ごっこに付き合っている暇はありません。放課後はアルスと二人で魔導理論の勉強をする大切な時間なのです。邪魔をしないでいただけますか?」
エリザベート様の冷淡極まりない拒絶に、ジュリアン殿下は困惑したように眉をひそめた。
「し、しかしだね、エリザベート君。これは王家の意向も含まれた打診なのだよ? それに、君ほどの才能を持つ者が、このような下級貴族の少年にいつまでも付き従っているのは、国家的な損失とも言える——」
ジュリアン殿下が言葉を言い終わる前に、室内の温度が急降下した。
ピシッ……ピシピシッ……!
ジュリアン殿下が立っている足元の床から、禍々しい漆黒と黄金の混ざり合った結晶が広がり、彼の高級なブーツの先端を凍りつかせた。
「言ったはずよ、二度目は言わせないで」
エリザベート様の瞳から、光が消えていた。
「私の時間を奪おうとすること。そして……アルスの価値を貶めるような発言をすること。王子だろうと何だろうと、私の大切なものを侮辱する者は……許さないわ」
「なっ……!? この圧迫感……っ!?」
第二王子であり、学園有数の実力者であるジュリアン殿下が、恐怖で顔を蒼白にし、冷や汗を流した。
彼女から放たれるのは、単なる魔力ではない。
「アルス以外のすべてを拒絶する」という、あまりにも純粋で、あまりにも強固な『絶対の意思』だったのだ。
(ひえぇぇぇっ!? エリザベート様! 相手は第二王子ですよ!? 王族を氷漬けにしたら国家賠償問題になります!!)
俺は胃の痛みに耐えながら、即座にエリザベート様の前に進み出た。
「エリザベート様! そこまでです! ジュリアン殿下は学園の未来を思って声をかけてくださっただけです。どうかお怒りをお鎮めください!」
俺が彼女の手を包み込み、その優しく語りかける。
すると、先ほどまでの恐ろしい氷点下の殺気が一瞬で霧散し、エリザベート様は「はっ」とした顔で俺を見つめ返した。
「あ……アルス……。私、また……」
「大丈夫です。お気持ちは嬉しいですが、手を出してはいけません」
俺は彼女の頭を優しく撫でてやった。
「殿下。申し訳ございません。エリザベート様は私との勉強時間をとても大切にしてくださっているのです。どうかご容赦ください」
ジュリアン殿下は足元の氷が溶けたのを確認すると、胸を押さえて荒い息をついた。
「はぁ……はぁ……。分かった……君たちの絆が、私の想像を遥かに超えるものであることは理解したよ……。無茶な勧誘をしたことを謝罪しよう」
ジュリアン殿下は引きつった笑みを浮かべながら、逃げるように教室を去っていった。
嵐が去った教室。
エリザベート様は俺の胸にぽすんと顔をうすめ、俺の服の裾をキュッと握りしめた。
「アルス……私、生徒会なんていらない。王様の称号だって、世界中の宝物だって……アルスが隣にいてくれないなら、何の意味もないの」
「エリザベート様……」
「私を置いていかないでね? 私、アルスのためなら、何だってするから……」
胸元で七色に輝くロザリオ。
その温かな光を受けながら、俺は彼女の背中を優しく叩いた。
(ああ……更生計画は完璧だ。彼女は闇堕ちせず、立派で心優しい少女になった。……でも、俺への執着心が、もう世界を滅ぼせるレベルにまで達している気がする……)
破滅の運命を完全に回避し、最高の未来を手に入れたはずの俺。
しかし、その未来は「世界一美しく、世界一強い少女からの無限の愛」という、甘く恐ろしい幸福な牢獄の中にあった。
俺とエリザベート様の、健やかで(ちょっぴり重い)歩みは、これからも続いていくのだった。
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