第15話
学園編入から数日。大講堂での教団工作員の密やかな撃退劇は、一部の鋭い教師や上級生の知るところとなり、特別特待生クラス「特命課」の教室内には、独特の緊張感が漂っていた。
特命課の担当教導官は、かつて王立騎士団で魔法剣士として鳴らした厳格な男、バルト・フォン・シュタイン中佐である。彼は壇上から鋭い視線を教室全体——特に、当然のように二人並んで着席している俺とエリザベート様へと注いでいた。
「——諸君。我が特命課に集いし者は、いずれも国内有数の才能と血統を持つ者たちだ。しかし、いくら膨大な魔力があろうと、実戦で使えねばただの豚に過ぎん。そこで本日午後は、実戦演習場にて『二対二の模擬戦』を行う!」
バルト教導官の力強い声に、教室がにわかに沸き立つ。
若き天才貴族たちにとって、自分の力量を誇示する絶好の機会だ。
「なお、チーム分けは教導官である私が指名する。第一試合——エリザベート・フォン・ヴァルハイト、およびアルス・ローゼンバーグ組!」
教導官の呼び出しに、俺とエリザベート様は顔を見合わせた。
「アルス、私と一緒に戦えるのね! 嬉しいわ!」
エリザベート様は一瞬で花が咲いたような笑顔になり、俺の手をギュッと握りしめた。周囲の生徒たちから「またあの二人か……」「絶対に関わりたくない……」という悲痛な吐息が漏れ聞こえる。
「対するは——三年生より特別参加の首席生徒、ライナー・フォン・グラディス伯爵令息、およびそのペアだ!」
ざわめきが一層大きくなった。
ライナー。王立学園の高等部で圧倒的な成績を誇る火属性の天才剣士であり、原作ゲーム『グラレガ』でも、学園編序盤における「高慢な実力者」として主人公たちの前に立ちはだかるキャラクターだ。
大剣を背負ったライナーが、不敵な笑みを浮かべて前に出てくる。
「ハッ、公爵家の幼いお嬢様と、そのお供の貧乏貴族か。教導官も酷なことをする。いくら魔力量が多くとも、実戦経験の乏しい一回生相手では手応えがなさすぎる」
ライナーのあからさまな煽りに対し、俺は冷静に頭を下げた。
「ライナー先輩。ご指導のほど、よろしくお願いいたします」
「ふん、謙虚な姿勢だけは褒めてやろう、男爵令息。だがな、戦場ではその丁寧さが命取りになるぞ」
ライナーは大剣を抜くと、メラメラと赤黒い闘気を全身から立ち昇らせた。三年生首席の名は伊達ではない。その威圧感は確かなものだった。
しかし——。
「ねえ、アルス」
エリザベート様が、氷のように冷ややかな声で俺の耳元に囁いた。
「あの赤毛の男……アルスを見下して『貧乏貴族』なんて言ったわね? ……あいつの口、四肢ごと凍らせて二度と喋れないようにしていいかしら?」
(ひえぇぇぇっ!? エリザベート様、目が!! 目が完全にラスボスのそれに戻ってます!!)
俺は冷や汗を吹き出させながら、即座にエリザベート様の両手を包み込んだ。
「だ、ダメですエリザベート様! これはあくまで模擬戦です! 相手を再起不能にしたら、私たちが退学になってしまいます!」
「……アルスが困るなら、殺すのはやめるわ。でも……少しだけお仕置きしてもいいでしょう?」
「怪我をさせない程度の手加減をお願いします……!」
俺が必死に手綱を引く様子を見て、ライナーは激怒した。
「舐めたマネを……っ! 貴様ら、模擬戦の最中にイチャついておる場合か! 後悔させてやる!!」
「——試合開始!!」
バルト教導官の合図と同時に、ライナーが爆発的な踏み込みで迫ってきた。
「『火炎爆裂斬(フラム・ブレイク)』!!」
炎を纏った大剣が、猛然と俺に向かって振り下ろされる。三年生首席の全力の一撃。周囲の観客たちが悲鳴を上げるほどの速度と破壊力だ。
だが——。
俺は前世のゲーム知識で、ライナーの剣の軌道も、魔力の波形もすべて知り尽くしていた。
「——左下から三度の角度のズレ。魔力収束が甘いです」
俺は腰の護身用細剣を静かに抜き、ライナーの炎の大剣の「魔力の結び目」へ最小限の力で刃を滑らせた。
パーンッ!!
「なっ……!?」
俺の『魔力調和理論』に基づいた一閃が、ライナーの大剣に宿る炎の魔力を完全に散らし、その攻撃の軌道を大きく逸らした。
ライナーの体が空を切って体勢を崩す。
「馬鹿な……!? 男爵令息の貧弱な力で、私の炎斬が弾かれた……!?」
「今です、エリザベート様!」
俺の合図に、エリザベート様が小さく微笑んだ。
「ええ——アルスの教え通りに」
エリザベート様が手をそっと差し出す。
彼女が解き放ったのは、破壊の闇魔法ではない。
澄み切った黄金色の風と、透き通るような美しい氷の粒子が混ざり合った——清らかな『調和の複合魔法』だった。
しゅうううっ……。
「ぐわぁぁぁっ!?」
ライナーの足元から一瞬で巻き起こった極小の氷嵐が、彼の全身の筋肉の動きを寸分狂わず封じ込め、その大剣を床へと縫い付けた。
皮膚を傷つけることなく、相手の魔力回路と運動能力だけを完璧に麻痺させる——まさに神業というほかない精密な制御だ。
ドサリ。
ライナーとそのペアの生徒は、指一本動かせなくなった状態で、演習場の床に崩れ落ちた。
勝負あり。所要時間、わずか数秒。
演習場全体が、しーんと静まり返った。
三年生の首席ペアが、一回生の二人組に傷一つ負わされず、手も足も出ずに完敗したのだ。
「ま、降参……参りました……」
床に伏したまま、ライナーが呆然と呟いた。
「見事……! 勝者、エリザベート・フォン・ヴァルハイト、アルス・ローゼンバーグ組!!」
バルト教導官の宣言に、拍手すら起きないほどの衝撃が広がる。
「アルス! 私、手加減できたわ!」
エリザベート様は勝利の余韻など一切気にせず、くるりと振り返ると、俺の胸に飛び込んできた。
「素晴らしい手加減でした、エリザベート様! あんなに綺麗な氷の制御、本当に感動いたしましたよ!」
俺が彼女の頭を撫でて褒めちぎると、エリザベート様はうっとりと瞳を細め、胸元のロザリオをぎゅっと握りしめた。
「ふふ……アルスに褒めてもらえるなら、私、どんな力でもコントロールしてみせるわ。……だって、私はアルスだけの『特別な弟子』なんだもの」
周囲の生徒たちが「あいつら……強すぎる……」「触らぬ神に祟りなしだ……」と震え上がる中、俺とエリザベート様の絆は、学園全体に圧倒的な『事実』として刻み込まれたのだった。
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