第14話
ハルデン伯爵との対立から数ヶ月後。
カルロ公爵の提示した条件が全面的に飲まれ、俺とエリザベート様は王立魔法学園の「特別特待生」として、特命課程へ同時に編入することとなった。
王都の中心にそびえ立つ王立魔法学園。
白亜の塔と広大な敷地を誇るこの場所は、全国から選りすぐりの天才や高貴な血統が集まる最高峰の機関だ。ゲーム『グラレガ』のメイン舞台でもある。
「すごいスケールですね……」
馬車の窓から巨大な学園の門を見上げ、俺は思わず感嘆の声を漏らした。
原作では、ここで主人公とエリザベートが出会い、激しい衝突と数々の悲劇が繰り広げられるはずだった。だが、今のエリザベート様は原作の破滅ルートとは完全に無縁の存在だ。
「アルス、何を見ているの?」
隣に座るエリザベート様が、俺の腕にすり寄ってきた。
学園の制服に身を包んだ彼女は、まるで絵画から抜け出してきた妖精のような美しさだ。胸元には、相変わらずあの手作りロザリオがしっかりと着用されている。
「学園の大きさに驚いていたのですよ。エリザベート様、今日からは多くの生徒たちと関わることになります。どうか周囲の方々と仲良くしてくださいね」
「……アルス以外の人間なんて、私にはどうでもいいわ」
エリザベート様はフンと鼻を鳴らした。
「でも……アルスが困るようなことはしないって約束したから、余計な虫は無視してあげる」
「はは……手柔らかにお願いしますね」
俺たちは馬車を降り、編入生が集まる大講堂へと向かった。
講堂に入った瞬間、周囲の生徒たちの視線が一斉に注がれる。
「おい……見ろよ、ヴァルハイト公爵家の令嬢だ……」
「なんて綺麗な人なんだ……」
「隣にいる男は誰だ? 男爵家のバッジをつけているぞ?」
「公爵令嬢の腕に抱きつかれているなんて、一体どういう関係なんだ……!?」
驚き、羨望、そして嫉妬。
あらゆる感情が入り交じった視線が刺さってくるが、エリザベート様は一切気に留めず、俺の袖を離そうとしない。むしろ「私のもの」と言わんばかりに、より深く俺に寄り添ってくる。
(相変わらずの距離感だな……まあ、暴走して周囲を氷漬けにするよりはマシか)
俺が苦笑いしていると、壇上から学園長の声が響き、開校式が始まった。
だが、その最中——俺の『前世のゲーマーとしての直感』が、かすかな違和感を捉えた。
講堂の二階席、保護者や来賓が立ち並ぶ暗がりの中に、異常な「負の魔力」を隠し持った人物が潜んでいたのだ。
(あれは……精神汚染系の闇魔術……!?)
俺が鋭い視線を二階席へ向けると、影の中に立つ人物が、懐から小さな漆黒の鈴を取り出すのが見えた。
(まずい……! あれは原作ゲームで登場した『狂乱の魔鈴』! 新入生の魔力を暴走させてパニックを起こすための教団の罠だ!)
ネクロシスを撃退したものの、『黒の教団』の手先はすでに学園内部にまで侵入していたのだ。彼らの狙いは、大勢の生徒が集まるこの場でエリザベート様の魔力を再び暴走させ、「やっぱりあの令嬢は危険な化け物だ」と世間に知らしめることだろう。
チリン……。
不気味な鈴の音が、講堂全体に不可視の魔導波となって広がった。
周囲の生徒たちが「うっ……」「頭が……!」と声を漏らし、魔導回路に乱れが生じ始める。
「アルス……? 何か変な波が届いているわ」
エリザベート様も即座に反応した。
彼女の瞳に、わずかな闇の魔力が揺らめく。教団の鈴は、彼女の中に眠る「破壊の本能」を強制的に呼び覚まそうとしているのだ。
「エリザベート様、私の手をとってください!」
俺はすかさず彼女の手を強く握り締め、自分の中の綺麗な『調和魔力』を彼女の回路へと流し込んだ。
「あ……」
エリザベート様の表情から毒気が抜け、深海の瞳に優しい光が戻る。
「大丈夫です、エリザベート様。あれはただの安い妨害工作です。私がついていますから」
「……ええ。アルスの魔力、すごく温かいわ。私、全然平気」
エリザベート様は愛おしそうに俺の手を握り返すと、視線を二階席の「黒幕」へと向けた。
その瞳に宿ったのは、暴走の恐怖ではなく——俺との時間を邪魔されたことに対する、絶対的な殺意だった。
「アルス。あの二階のネズミ……消していいかしら?」
「ダメです、殺しては聞こえが立ちます。……私が一瞬で気絶させますので、エリザベート様は風で拘束をお願いできますか?」
「分かったわ。アルスの頼みなら、命だけは助けてあげる」
俺は胸ポケットから、自作の小麻痺薬を塗布した投擲用針を取り出した。
教団の工作員が二度目の鈴を鳴らそうと掲げた瞬間——。
シュッ!
俺の投げた針が、完璧な軌道を描いて二階席の男の首筋に刺さった。
「な……ッ!?」
男が麻痺して崩れ落ちると同時に、エリザベート様の放った無音の「黄金の清風」が男の体を優しく、しかし絶対に解けない強固な結界で縛り上げた。
ドサッ。
二階席から男が崩れ落ちる音が聞こえたが、式典の喧騒にかき消され、周囲の生徒たちは誰も気づいていない。
わずか数秒で完結した、完璧な連携による影の鎮圧。
「見事な風でした、エリザベート様」
「ふふ、アルスの針も完璧だったわ」
俺たちは顔を見合わせ、満足そうに微笑み合った。
(教団の陰謀も、今の俺たちの絆の前には形無しだな)
俺は確かな手応えを感じていた。
学園編入という新たな舞台でも、エリザベート様はブレることなく、正しく力を使いこなしている。破滅の未来など、どこにも存在しない。
しかし、俺たちの完璧すぎるコンビネーションを見た周囲の生徒たちは、完全に引きつっていた。
「おい……今、公爵令嬢とあの男爵令息、目配せ一回で何か恐ろしいこと解決しなかったか……?」
「あいつら、二人だけの世界に入り込みすぎてて近寄れねぇよ……」
学園生活の初日から、俺とエリザベート様は「絶対に触れてはいけない最強の絆で結ばれたコンビ」として、全校生徒にその名を刻み込むことになったのだった。
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