第2話 ストライクとプリクラ

2年4月25日


 土曜の十一時に目を覚ましたシュンは、布団の中から腕だけ伸ばしてスマホを掴み、『いつもの』に打ち込んだ。


『暇。誰か遊べ』


 五分もしないうちに、三件の返事が並んだ。


『いいよ』

『何する』

『行く!』


 そこから先は早かった。誰かが「ボウリング」と言い、誰かが「十三時駅前」と言い、決まった。予定も目的もない、完全な思いつきだった。こういう土曜日が、シュンは一番好きだった。


 十三時の駅前に、アキラはグレーのパーカーで現れた。発症前から着ている男物で、袖を二回捲り上げている。ジーンズのベルトは一番きつい穴で締められ、余った革の先が腰の横でぴょこんと跳ねていた。


「相変わらずダボダボだな」


「うっせ。服買いに行く暇ねーんだよ」


 駅前のボウリング場は、休日の家族連れで混んでいた。シューズを借りてレーンに向かう途中、アキラは棚からいつもの十五ポンドの球を持ち上げ――


「重っ!」


 両手で抱えたまま、一歩よろめいた。


「ぶはっ」


 シュンは腹を抱えて笑った。アキラは顔を赤くして球を棚に戻し、九ポンドの球に替える。「これでいい」と澄ました顔で言うのが、また可笑しかった。


 アキラの一投目。助走をつけ、腕を大きく振り上げる。リリースの瞬間、パーカーの下で胸が大きく揺れた。


 シュンの目が、一瞬だけそこに吸い寄せられた。


 ――うわ、揺れた。


 頭に浮かんだのは、それだけだった。珍しいものを見た時の、単純な驚きと興味。シュンはすぐにピンの方へ目を戻した。


 ボールは真っ直ぐに転がって、十本のピンを派手に弾き飛ばした。


「っしゃあ!」


 アキラが振り返り、両手を上げる。四人で順番にハイタッチをした。アキラの手のひらは小さくて、シュンの手のひらに当たると、ぺちっ、と軽い音を立てた。


 三ゲームを終えて、頭上のモニターに最終スコアが並んだ。一位はリク。毎回、投げる前に立ち位置とスパットを確かめ、フォームを崩さない。最下位はシュンだった。


「はい、シュンの奢りー」


「罰ゲームかよー」


 最下位が全員にジュースを奢る。負けたら罰ゲーム。小学生の頃から、四人の間ではそういうことになっている。シュンはぶつぶつ言いながら自販機へ走った。


 ボウリング場と同じ建物に、ゲームセンターが入っていた。音と光の洪水の中を歩いていくと、奥にプリクラの機械がずらりと並んだコーナーがある。入口に、貼り紙がしてあった。


『男性のみのご入場はご遠慮ください』


 高校の頃、四人はこの貼り紙の前で何度も引き返してきた。


 シュンは貼り紙を指差して、にやりと笑った。


「おい。せっかく女がいるんだから入れるじゃん! 撮ろうぜ!」


「女扱いすんな!」


 アキラが噛みつく。シュンはアキラの肩をがしっと掴んだ。


「アキラのおかげで入れるんだぞ? 英雄だぞ、お前」


「英雄って……」


「行こう行こう」


 ユウトまで背中を押し、リクが「まあ、一回くらいは」と言ったところで、アキラは観念した。


 狭いブースに男三人と小柄なアキラが押し込まれると、肩と肩がぎゅうぎゅうにぶつかった。一番背の低いアキラが、自然と真ん中の前に押し出される。機械の甲高い声が「撮影するよー!」と叫び、フラッシュが光った。


 画面に映った四人の顔を見て、全員が吹き出した。目を大きくする加工のせいで、四人とも宇宙人のような顔になっている。特にリクの真顔が、ぎょろりと巨大な目で正面を睨みつけていて、シュンは息ができなくなるほど笑った。アキラもユウトも、リク本人まで腹を抱えていた。


 落書きの時間になると、シュンはペンを取って、写真の上の方に大きく書いた。


『いつもの』


 小学四年の夏に、四人で裏山の雑木林に作った秘密基地の名前だった。四人で何かを残す時、シュンは今でも必ずこの名前を書く。


「出た、いつもの」


 アキラが笑った。


 シールは四等分して、それぞれ財布やスマホに入れた。


 クレーンゲームの前を通りかかった時、ユウトが「これいけそう」と言って百円玉を入れた。アームはふらふらと降りて、白いアザラシのぬいぐるみの胴をがっちり掴み、そのまま取り出し口へ運んだ。


「一発かよ!」


 四人の間では昔から、いらない景品は押し付け合いになると決まっている。「お前持ってけよ」「いらねーよ」と言い合うのが、一つの遊びだった。


 今回は、その前にシュンが口を開いた。


「アキラにやれよ、女子なんだし」


 何も考えずに出た言葉だった。


「ほら、プレゼント」


 ユウトがぬいぐるみを差し出す。


「いらねーよ!」


 アキラはそう言いながら受け取った。そして、そのあとずっと、それを脇に抱えて歩いていた。


 前なら押し付け合いだったのに、今は「プレゼント」が挟まった。シュンはそれに気づいて、なんかおもしれーな、とだけ思った。深く考えはしなかった。


 ゲームセンターを出ると、外はもう夕方の色になっていた。十八時。四人の腹が、ほとんど同時に鳴った。


「飲み行こうぜ!」


 シュンが拳を突き上げると、ユウトとリクが顔を見合わせて笑った。


「俺らウーロン茶な」


「知ってるって!」


 アザラシを抱えたアキラが、「俺ビール」と言って先頭を歩き出した。

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