第12話 報復
報復――。
考えなかったわけではなかった。
あの日。
駅前で神代に絡んでいた連中。
そのうちの一人に殴られ。
俺も一発、腹に膝を入れた。
正当防衛。
少なくとも俺はそう思っている。
先に手を出したのは向こうだ。
俺は二発目を食らう前に止めただけ。
でも。
世の中。
そんな理屈ですべて納得する奴ばかりじゃない。
「…………」
俺は小さく息を吐いた。
神代と恋人のフリを始めてから。
本当に苦労が絶えない。
告白を断る面倒から解放される。
最初は。
ただそれだけだったはずなのに。
バスケ部主将に勝負を挑まれ。
男子連中から敵意を向けられ。
誕生日には殴られ。
そして――。
「…………」
今回。
さすがに。
考えてしまった。
契約。
解消するか――。
◇
数時間前。
放課後。
いつもの生徒会室。
俺は窓際に立ち、校門の辺りを眺めていた。
「…………ん?」
見慣れない制服。
数人。
明らかに城南の生徒じゃない。
校門の外。
制服姿の男子たちが、こっちの校舎を見ながら何か話している。
「川瀬」
「はい?」
パソコンに向かっていた副会長が顔を上げる。
「あの校門のところにいる、見慣れない制服の連中はなんだ?」
「どれですか?」
「ほら……あそこ」
俺は窓の外を指差す。
川瀬が俺の横まで来て、校門を覗き込んだ。
「あぁ」
「知ってる?」
「あれは武蔵高校の制服ですね」
「武蔵高校?」
「はい。確か隣の地区の」
「そうか……」
他校生。
だったら。
俺には関係ない。
そう思って机へ戻ろうとして――。
視界の端。
ソファ。
「…………」
神代がいた。
普通に。
本を読んでいた。
「って……神代」
「何?」
「お前また勝手に……」
「何よ」
「なんで当然みたいに生徒会室にいるんだよ!」
「今さら?」
「今さらじゃない!」
「川瀬さんはいいって言ってるけど?」
川瀬を見る。
「私は構いませんよ?」
「副会長……」
またか。
最近。
完全にこの二人の連携が出来上がっている。
「仕事の邪魔しないからいいでしょ?」
「いるだけで気が散る」
「ひどい」
「会長」
「何」
「神代さんをいじめないでください」
「なんでそうなるんだよ!」
神代がくすっと笑う。
「…………」
まあいい。
今さら追い出すのも面倒だ。
「好きにしろ」
「最初からそうしてる」
「そういうところだぞ」
俺は椅子へ戻った。
「それにしても」
神代が窓の外を見る。
「なんで武蔵高校の人が城南にいるのかしら」
「さあ」
川瀬も首を傾げる。
「部活動の練習試合でしょうか?」
「それなら顧問か部員が迎えに行くだろ」
「確かに」
しかも。
あいつら。
スポーツバッグも持っていない。
ただ校門の前に立っているだけ。
「…………」
なんとなく。
嫌な感じがする。
最近。
こういう勘だけはよく当たる。
「相河くん?」
「何?」
「難しい顔してる」
「元から」
「それ自分で言う?」
「仕事するぞ」
気にするだけ無駄だ。
そう思い。
書類を手に取った。
その時だった。
コンコン。
生徒会室の扉が叩かれた。
「はい」
川瀬が立ち上がる。
扉を開けた。
そこにいたのは、一年の男子生徒だった。
「失礼します!」
ずいぶん慌てている。
「どうしました?」
「会長!」
「俺?」
男子生徒が俺を見る。
「大変です!」
「なんだ?」
「あの……校門のところにいる他校の生徒なんですけど」
「武蔵高校の?」
「はい!」
やっぱり。
ただの訪問じゃなかったらしい。
「それで?」
「会長に用があるそうです」
「…………」
俺?
「なんで?」
「分かりません」
「まったく知らないんだが?」
武蔵高校。
知り合いなんていない。
部活にも所属してない。
交流試合に出たこともない。
生徒会同士で何か打ち合わせをした覚えもない。
接点が。
何一つない。
「名前、間違えてない?」
「相河昴を呼んでこいって……」
「…………」
名指しかよ。
「相河くん」
神代の声。
振り向く。
さっきまで笑っていた顔が、少しだけ曇っていた。
「何?」
「行くの?」
「用があるって言われたらな」
「でも……」
「学校の中だし大丈夫だろ」
「私も行く」
「なんで」
「なんとなく」
「それ便利に使うのやめろ」
神代が立ち上がる。
「いいでしょ?」
「ダメ」
「どうして?」
「相手が何の用か分からないから」
「だったら余計――」
「神代」
「…………」
俺は少しだけ声を低くした。
「ここにいろ」
「でも」
「川瀬」
「はい」
「神代頼む」
「分かりました」
「ちょっと!」
「行ってくる」
椅子の背に掛けていたブレザーを取る。
「相河くん!」
扉へ向かう。
「大丈夫だって」
「…………」
振り返ると。
神代が明らかに心配そうな顔をしていた。
「その顔やめろ」
「何よ」
「何も起きない」
「本当に?」
「たぶん」
「たぶんって何よ!」
「じゃあな」
俺は生徒会室を出た。
◇
校門。
近づくにつれて。
相手の顔がはっきり見えてくる。
五人。
全員、男子。
武蔵高校の制服。
俺を見るなり。
その中の一人が口を開いた。
「お前が相河?」
「そうだけど」
「城南の生徒会長?」
「ああ」
「へえ……」
なんだ、その反応。
品定めでもするように見られる。
「それで?」
「何が?」
「俺に用があるんだろ」
「…………」
男が笑った。
気に入らない笑い方。
「随分余裕あるんだな」
「初対面の相手にいきなり喧嘩売られる理由ないから」
「初対面、ねえ……」
「?」
その言い方。
やっぱり。
俺の知らない何かがあるらしい。
「悪いけど」
俺はメガネを押し上げる。
「何の用かさっさと言ってくれない? 仕事残ってるんだけど」
「仕事?」
「生徒会」
「ああ。生徒会長様だもんな」
「…………」
明らかに。
友好的ではない。
「相河」
「何?」
男の表情から笑いが消えた。
「駅前の件」
「…………」
駅前。
その一言で。
全部繋がった。
神代。
誕生日。
絡んできた男子。
殴られた俺。
そして。
腹に膝を入れた相手。
「……なるほど」
思わず呟く。
「思い出したか?」
「お前ら」
俺は五人を見る。
「その件で来たの?」
「そうだ」
「…………」
嫌な予感。
的中。
またかよ。
「アイツから聞いたぜ」
男が一歩前へ出る。
「お前にやられたってな」
「先に殴ってきたのはそっちだけど」
「そんなの知るかよ」
「いや、そこ重要だろ」
「武蔵の奴に手ぇ出したんだ」
「…………は?」
待て。
「武蔵?」
あいつ。
城南じゃなかったのか?
私服だったから勘違いしていた?
いや。
何度か学園で見た気がしたんだが――。
「細かいことはどうでもいい」
「よくないんだけど」
男がさらに近づく。
「落とし前」
「…………」
「つけてもらおうか」
やっぱり。
そうなるのか。
「はぁ……」
ため息しか出ない。
本当に。
神代と付き合っていることにしてから。
面倒事が途切れない。
「相河くん!」
遠くから声。
「…………」
聞き覚えがある。
嫌な予感。
振り向く。
校舎から。
神代が走ってくる。
その後ろに川瀬。
「お前……」
ここにいろって言ったよな?
「神代!」
「相河くん!」
「なんで来た!」
「心配だからに決まってるでしょ!」
「川瀬!」
「すみません、会長」
川瀬が困ったように笑う。
「止められませんでした」
「副会長ぉ……」
またこれだ。
神代が俺の隣へ来る。
「この人たち……何?」
「お前は知らなくていい」
「でも――」
「駅前の件だよ」
武蔵の男が答えた。
神代の顔色が変わる。
「……まさか」
「そういうこと」
「…………」
神代が唇を噛んだ。
「また……私のせい」
「違う」
「でも!」
「違うって」
俺は神代を見る。
「お前があいつに殴れって頼んだわけじゃないだろ」
「…………」
「だからお前のせいじゃない」
「相河くん……」
その顔。
やめろ。
本当に。
「で」
俺は武蔵の連中へ向き直る。
「どうする気?」
「簡単だ」
先頭の男が拳を鳴らす。
「ちょっと付き合えよ」
「断る」
「は?」
「なんでお前らの報復に付き合わなきゃならないんだよ」
「逃げんのか?」
「…………」
またそれか。
どうして。
こういう奴らは。
その言葉を使えば俺が何でも受けると思うんだ。
「相河くん」
神代が俺の袖を掴んだ。
「ダメ」
「分かってる」
「本当に?」
「ああ」
前とは違う。
バスケの勝負なら。
まだ笑って済ませられた。
でも。
これは違う。
殴り合い。
ただの報復。
受ける理由なんてない。
「先生呼びます」
川瀬がスマートフォンを取り出す。
「おい」
武蔵の連中が露骨に嫌な顔をする。
「卑怯じゃね?」
「他校まで来て五人で囲んでる奴らが言う?」
「…………」
「帰れよ」
俺は言った。
「これ以上やるなら、学校同士の話にする」
「相河……!」
「俺、生徒会長なんだよ」
「…………」
「喧嘩売る相手、少しは考えたほうがいいぞ」
五人が黙る。
やがて。
先頭の男が舌打ちした。
「……行くぞ」
「でも!」
「今日はな」
今日は。
か。
去っていく背中。
最後に。
男が振り返った。
「覚えてろよ、相河」
「…………」
面倒くせぇ。
本当に。
◇
生徒会室へ戻ったあと。
俺は一人。
窓の外を見ていた。
武蔵の連中はもういない。
何事もなかった。
今日は。
でも。
「…………」
今日は、だ。
駅前の件。
今回の報復。
次は?
また誰かが。
神代との関係を理由に。
何か仕掛けてくるかもしれない。
俺だけならいい。
面倒だと思うだけで済む。
でも。
神代まで巻き込まれたら?
「…………」
最初の契約。
お互いの平和な学園生活のため。
そのはずだった。
なのに。
今は。
むしろ逆だ。
「……契約解消するか」
自然と。
そんな言葉が漏れた。
「え?」
「!」
後ろから声。
振り返る。
そこには。
神代悠里が立っていた。
「…………」
まずい。
聞かれた。
神代は。
少しだけ目を見開いて。
俺を見ていた。
「相河くん……」
「…………」
「今……何て言ったの?」
静かな生徒会室。
逃げ場はなかった。
俺たちの偽装交際は。
始まって以来初めて――。
終わりを意識するところまで来ていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます