第13話 終わらせたくない


「……契約解消するか」


自然と漏れた言葉。


「え?」


「!」


後ろから声がして、振り返る。


神代が立っていた。


いつからいた?


「相河くん……」


「…………」


「今……何て言ったの?」


聞かれた。


よりによって。


一番聞かれたくないところを。


「……聞いてたのか」


「契約を解消するって……」


神代の表情が曇る。


「どういうこと?」


「そのままの意味」


「そのままって……」


俺は窓の外へ視線を戻した。


もう校門に武蔵高校の連中はいない。


静かな放課後。


さっきまでの騒ぎが嘘みたいだ。


「今回のこともそうだけどさ」


「…………」


「最近、ちょっと面倒事増えすぎだろ」


「それは……」


「バスケ部の件もあったし」


「…………」


「誕生日の日だって、俺は殴られた」


「それは私が――」


「お前のせいじゃない」


神代の言葉を遮る。


「でも」


「お前が殴れって頼んだわけじゃないだろ」


「そうだけど……」


「だったら違う」


「…………」


神代が俯く。


また。


その顔。


「俺だけなら別にいいんだよ」


「え?」


「面倒だなって思うだけで済むから」


「…………」


「でも」


俺は神代を見る。


「今回みたいなのが続いたら、お前まで巻き込まれるかもしれない」


「私?」


「そう」


「でも私なら――」


「ダメだろ」


思ったより強い声が出た。


神代が目を見開く。


「……相河くん?」


「この前だってそうだった」


「…………」


「駅前でお前が絡まれてた時」


あの時。


神代が助けを求める声を聞いた瞬間。


何も考えずに走った。


あいつらの前に出て。


俺の彼女。


そう言った。


偽物なのに。


あの時は。


そんなことすら忘れていた。


「もし次はもっと危ないことになったら?」


「…………」


「怪我するのが俺だけとは限らない」


「だから……契約を終わらせるの?」


「ああ」


本当は。


他にも理由がある。


最近。


俺たちは最初に決めた契約から外れすぎている。


私生活には干渉しない。


必要以上に関わらない。


恋人のフリをするだけ。


そのはずだった。


なのに。


一緒に帰って。


カフェに寄って。


誕生日を一緒に過ごした。


プレゼントまで渡した。


神代が生徒会室にいることも。


今では当たり前になっている。


これ以上続けたら。


どこまでがフリなのか。


分からなくなりそうだった。


「元々さ」


俺は言う。


「お互い面倒な告白を避けるためだっただろ」


「…………」


「平穏な学園生活を送るため」


「……そうね」


「だったら今は逆じゃん」


「…………」


「これ以上続ける意味ないだろ」


言ってから。


胸の奥が少し痛んだ。


なんだ。


これ。


別に。


契約が終わるだけだ。


元に戻るだけ。


神代とは。


ただの同級生に戻る。


それだけなのに。


「…………嫌」


小さな声。


「ん?」


「嫌」


今度は。


はっきり聞こえた。


「何が?」


神代が顔を上げる。


「終わらせたくない」


「…………」


思わず言葉を失った。


「なんで?」


「…………」


「神代」


「…………」


答えない。


視線を逸らした。


「お前さ」


「何?」


「最初、自分から言ったよな」


「…………」


「恋人のフリをしてほしいって」


「言った」


「理由は告白避け」


「……うん」


「今ならもう十分効果出てるだろ」


「…………」


「だったら終わっても困らないんじゃない?」


「困る」


即答だった。


「なんで?」


「…………」


また黙る。


「理由くらい言えよ」


「言いたくない」


「なんだそれ」


「言いたくないものは言いたくないの!」


「子供か」


「うるさい」


神代が俺を睨む。


でも。


その目は。


怒っているようには見えなかった。


むしろ。


困っている。


自分でも。


どう説明すればいいのか分からない。


そんな顔。


「…………」


分からないわけじゃない。


いや。


たぶん。


分かってしまった。


最近の神代。


当たり前みたいに生徒会室へ来る。


一緒に帰りたがる。


寄り道したがる。


誕生日を一緒に過ごしたがった。


他の女子が俺を見に来ていたと聞いただけで機嫌が悪くなった。


そして今。


契約を終わらせたくないと言っている。


理由は言わない。


言えない。


「…………」


なるほど。


そういうことか。


「何?」


神代が俺を見る。


「いや」


「何よ」


「別に」


「またそれ?」


「悪かったな」


「…………」


しばらく沈黙。


神代が少し不安そうに俺を見る。


「それで……」


「ん?」


「契約」


「…………」


「本当に終わらせるの?」


その声。


さっきよりずっと弱かった。


「…………」


はぁ。


本当に。


俺はこの顔に弱い。


「分かったよ」


「え?」


「今すぐ解消するのはやめる」


「……本当?」


「ああ」


神代の表情が一気に明るくなる。


「ただし」


「何?」


「また危ないことが起きたら、その時は考える」


「分かった」


「本当に?」


「たぶん」


「おい」


神代が笑う。


その笑顔を見て。


なんとなく。


これでよかったと思った。


「相河くん」


「何?」


「ありがとう」


「別に」


「ふふっ」


「何笑ってんだ」


「なんでもない」


またそれか。


「帰るぞ」


「うん」


俺は鞄を持つ。


神代も隣へ並ぶ。


いつものように。


ごく自然に。


まるで。


最初からそうだったみたいに。


「…………」


終わらせたくない。


理由は聞けなかった。


いや。


違うな。


聞かなかった。


神代が言わなくても。


なんとなく。


察してしまったから。


そして。


たぶん俺は――。


その理由を聞くのが。


少しだけ怖かった。

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