第11話 一難去って、また一難


最近の俺の高校生活を一言で表すなら、たぶんこれだ。


神代悠里と恋人のフリを始めてから。


女子から告白される回数は確かに減った。


その代わり。


バスケ部主将から勝負を挑まれたり。


男子連中から妙な視線を向けられたり。


気づけば神代は生徒会室に入り浸り。


そして今日は――。


「…………」


5月18日。


俺と神代の誕生日。


その誕生日を一緒に過ごす約束をしてしまった。


「……約束だから行くんだからな」


誰もいない自分の部屋で呟く。


「他意はない」


当然だ。


同じ誕生日だった。


神代が一緒に祝いたいと言った。


俺が了承した。


だから行く。


それだけ。


「…………」


自分に言い聞かせている時点で、何かがおかしい気もする。


「……行くか」


考えるのをやめた。


◇


午後五時。


待ち合わせ場所は駅前の時計台。


学校が終わってから一度家へ戻り、着替えてきた。


正直。


面倒だった。


――いや。


正確に言えば。


面倒だと思おうとしていた。


「…………」


手には、小さな包み。


昨日。


散々迷った末に買ったものだ。


『誕生日、楽しみにしてるからね』


あんなこと言われたら。


何も持っていかないわけにもいかないだろ。


別に。


神代が喜ぶ顔を見たいとか。


そういうことではない。


「……何言い訳してるんだ、俺」


ため息をつきながら駅前へ向かう。


時計台が見えてきた。


午後五時ちょうど。


「…………ん?」


そこで。


違和感に気づいた。


時計台の周囲に人が集まっている。


男が数人。


「なんだ?」


最初は気にしなかった。


普通に駅前だ。


人なんていくらでもいる。


でも。


近づくにつれて。


その中に見覚えのある顔が混じっていることに気づく。


「……あいつら」


城南の生徒だ。


学園で何度か見た顔。


制服ではないが間違いない。


なんでこんなところに――。


「やめて!!」


「!」


声。


聞き間違えるはずがない。


神代。


俺は足を速めた。


「触らないで!」


「いいじゃん、ちょっとくらい」


「待ち合わせしてるから!」


「相河だろ?」


「だったら何!?」


人垣の向こう。


神代がいた。


いつもの制服姿ではない。


白を基調にした上品なワンピース。


長い黒髪も普段より少し手が加えられていて。


いつも以上に――。


「…………」


いや。


今はそれどころじゃない。


男の一人が神代の腕を掴もうとしていた。


神代がそれを振り払う。


「やめてって言ってるでしょう!」


「そんな怒るなよ」


「俺らと遊ぼうぜ」


「嫌!」


どうやら。


待っている間に絡まれたらしい。


「…………」


まったく。


何やってんだ。


――じゃねぇな。


悪いのは神代じゃない。


「神代」


「!」


俺の声に。


神代が振り返る。


紫色の瞳が大きく開いた。


「相河くん!」


俺を見るなり。


明らかに安心した顔をした。


「相河……」


男子たちも俺に気づいた。


「…………」


その顔。


知ってる。


食堂で俺を睨んでいた奴。


廊下で神代とのことを聞いてきた奴。


何人かは見覚えがある。


「お前らさ」


俺は神代の前へ出た。


「神代と俺が付き合ってるの、知らないわけじゃないだろ?」


「…………」


声は普通だったと思う。


怒鳴ってもいない。


ただ。


後になって思えば。


俺は無意識に。


そいつらを睨んでいたらしい。


「ご、ごめん……」


一人が目を逸らす。


「行こうぜ」


「だな……」


二人ほど離れていく。


それで終わればよかった。


だが。


世の中。


物分かりのいい奴ばかりじゃない。


「……相河」


「何?」


一人だけ。


動かなかった男がいた。


「お前さ」


「うん」


「調子に乗んなよ?」


「…………」


胸ぐらを掴まれた。


「相河くん!」


「お前が神代さんと付き合ってるからって、偉そうにすんなよ!」


「別に偉そうにしてないけど」


「余裕ぶってんじゃねぇ!」


神代が男の腕を掴む。


「やめて!」


「神代は下がってろ」


「でも!」


「いいから」


この状況。


正直。


かなり面倒だ。


「離せよ」


「気に入らねぇんだよ……」


「何が?」


「お前が!」


その言葉でやめるなら苦労はしない。


次の瞬間。


――バキッ!


「っ!」


視界が揺れた。


「きゃあっ!」


頬。


遅れて痛みが走る。


「…………痛え」


殴られた。


普通に。


なんで誕生日に殴られなきゃならないんだ。


「相河くん!」


「大丈夫」


「大丈夫じゃないでしょ!」


口の中。


少し切れたかもしれない。


「相河……!」


「…………」


「お前さえいなければ!」


男がもう一度拳を振り上げる。


――ああ。


もういい。


さすがに。


二発目まで黙って食らうほど俺も人間出来てない。


相手の肩。


腰。


踏み込む足。


拳の軌道。


「…………」


見える。


俺は半歩だけ踏み込んだ。


拳が届くより先に。


膝を上げる。


「ぐはっ……!」


腹へ。


一発。


男の身体が折れた。


「っ……!」


そのまま腹を押さえてうずくまる。


「…………」


俺は頬を押さえた。


痛い。


普通に痛い。


「ったく……」


うずくまる男を見る。


そして。


考えるより先に言葉が出た。


「俺の彼女、口説いてんじゃねぇよ……」


「…………」


静かになった。


周囲も。


神代も。


「…………?」


何だ?


神代が固まっている。


「神代?」


「い、今……」


「何?」


「…………ううん」


神代が顔を伏せた。


耳が赤い。


何なんだ。


こっちは殴られてそれどころじゃないんだけど。


「相河くん!」


「今度は何」


「顔!」


「顔?」


「大丈夫!?」


「…………」


俺は自分の頬を指差した。


「大丈夫に見えるか?」


「見えない」


「だろ?」


「見せて!」


「痛いから触るなって」


「じっとして!」


「おい!」


神代が俺の顔を覗き込む。


近い。


「赤くなってる……」


「殴られたからな」


「本当にもう……!」


「怒るなよ」


「誰のせいだと思ってるの!」


「俺じゃないだろ」


「そうだけど!」


神代の目が少し潤んでいる。


「…………」


「怖かった?」


「違う」


「じゃあ何」


「相河くんが……」


「俺?」


「怪我したから」


「これくらい平気」


「平気じゃない!」


「はいはい」


「その返事やめて!」


いつものやり取り。


なのに。


どこか違う。


「…………あ」


そこで。


地面に落ちているものに気づいた。


小さな包み。


踏まれたらしい。


綺麗に包装してあった箱が。


見事に潰れている。


「…………」


最悪。


「どうしたの?」


「いや……」


俺はそれを拾った。


「…………すまん」


「え?」


「プレゼント」


神代が目を瞬く。


「お前の」


「…………」


「台無しにした」


包みを見せる。


角は潰れ。


リボンも外れかけている。


「せっかく買ったんだけど」


「…………私に?」


「他に誰がいるんだよ」


「相河くんが……選んだの?」


「まあ」


「…………」


「期待すんなよ。壊れてるかもしれないし」


神代がそっと包みを受け取る。


まるで。


壊れ物でも扱うように。


「開けていい?」


「いいけど」


俺は頬を押さえながら答えた。


「本当に壊れてるかもな」


「うん」


リボンを外す。


包装紙を開く。


少し潰れたケース。


神代がゆっくり蓋を開いた。


「…………」


中に入っているのは。


一本のネックレス。


細いチェーン。


中央には。


小さな緑色の石。


「これ……」


「エメラルド?」


「…………」


「5月の誕生石なんだろ?」


店員に聞いた。


正直。


宝石なんて何を選べばいいか分からなかった。


だから。


同じ5月生まれなら。


これなら変じゃないかと思っただけだ。


「そんな高いものじゃないけど」


「…………」


「神代?」


返事がない。


俯いている。


「壊れてた?」


ネックレスを見る。


石も。


チェーンも。


どうやら無事だ。


「ならよかった――」


「…………」


ぽたり。


「え?」


ケースの上へ。


雫が落ちた。


「おい」


神代が泣いていた。


「なんで泣くんだよ」


「だって……」


「どっか痛い?」


「違う!」


「じゃあ何」


「嬉しいの!」


「…………」


神代はネックレスを胸元へ抱く。


「こんなの……」


「何?」


「反則よ……」


「意味分からない」


「分からなくていい!」


「なんだよ」


泣きながら。


それでも。


神代は笑っていた。


「ありがとう……相河くん」


「…………」


「本当に……ありがとう」


その顔を見て。


胸の奥が。


妙にざわついた。


「……大げさだろ」


「大げさじゃない」


「そう?」


「そう」


また。


涙。


でも。


今度は。


俺も止めようとは思わなかった。


「ねえ」


「何」


「これ……つけてくれる?」


「俺が?」


「うん」


「自分で出来るだろ」


「…………」


またその顔。


「…………分かったよ」


「ふふっ」


「笑うな」


「だって」


神代が背中を向ける。


黒い髪をそっと片側へ寄せた。


「お願い」


「…………」


細い首。


そこに。


俺が選んだネックレスを掛ける。


「動くなよ」


「うん」


留め具を付ける。


「出来た」


「どう?」


神代が振り返る。


胸元で。


小さなエメラルドが夕方の光を受けて輝いていた。


「…………」


「相河くん?」


「似合ってる」


「…………!」


「何?」


「なんでもない!」


また顔が赤い。


本当に忙しい奴だ。


「今度こそ行くぞ」


「うん」


「誕生日、まだ始まったばっかりなんだから」


「…………」


「何?」


「相河くん」


「ん?」


神代が。


今までで一番嬉しそうに笑った。


「お誕生日、おめでとう」


「…………」


そういえば。


こいつも。


俺と同じ誕生日だった。


「神代もな」


「うん」


5月18日。


同じ日に生まれた。


ただそれだけの偶然だったはずの日。


でも。


この日を境に。


俺たちにとって5月18日は――。


少しだけ。


別の意味を持ち始めた。

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