第10話 契約違反?


 五月十八日。


 神代と俺の誕生日。


 その日を一緒に過ごすことが、いつの間にか決定事項になっていた。


 俺の知らないところで予定までキャンセルされ。


 副会長まで神代側につき。


 気づけば俺自身も、


『楽しみにしてるよ』


 なんて口にしてしまった。


「…………」


 ペンが止まる。


 待て。


 ふと。


 今さらながら、ものすごく大事なことに気づいた。


「……おかしくないか?」


 最初の契約。


 あれは確か――。


 必要な時には恋人らしく振る舞う。


 お互いの私生活には必要以上に干渉しない。


 そして。


 本気にならない。


 そんな話だったはずだ。


「…………」


 誕生日を一緒に祝う。


 プレゼントまで用意する。


 休日を一日一緒に過ごす。


 これ。


 偽装に必要なのか?


「いや……いらないよな」


 学校の連中に見せるわけでもない。


 誰かに疑われているわけでもない。


 つまり。


 偽装カップルとして必要な行動ではない。


「…………」


 じゃあ。


 なんで俺は了承した?


 そもそも。


 俺は神代のことなんて――。


「…………」


 そこまで考えて。


 言葉が止まった。


 神代のことなんて。


 何だ?


 興味がない?


 どうでもいい?


 だったら。


 なぜ。


 甘いものが好きだと知っている。


 意外と料理が出来ることも。


 負けず嫌いなことも。


 すぐ頬を膨らませることも。


 寂しそうな顔をされると、なんとなく放っておけないことも。


「…………」


「会長?」


「うわっ」


 川瀬の声に現実へ引き戻された。


「どうしました?」


「いや、何でもない」


「ずいぶん難しい顔してましたけど」


「仕事のこと」


「そうですか?」


「そう」


 俺は無理矢理、書類へ目を戻した。


 考えるのはやめよう。


 どうせ。


 誕生日が終われば元通り。


 ただの偽装恋人。


 それだけだ。


 ――たぶん。


     ◇


 同じ頃。


 三年の別の教室。


「ねえ悠里」


「何?」


 昼休み。


 悠里は友人の声に顔を上げた。


 目の前にいるのは愛梨。


 一年の頃から付き合いのある友人で、悠里に対しても遠慮なく話しかけてくる数少ない存在だった。


「この前の相河くん、すごかったらしいね」


「この前?」


「バスケ部」


「ああ……」


 途端に。


 あの日の体育館が頭に浮かぶ。


 メガネを外した昴。


 最初は押されていたのに。


『……理解した』


 そう呟いた直後。


 別人みたいに動きが変わった。


「まあ……そうね」


「何その反応」


「別に」


「彼氏が活躍したのに、もっと嬉しそうにしたら?」


「…………」


 彼氏。


 その言葉に。


 ほんの少しだけ胸がざわついた。


 偽物。


 なのに。


 最近。


 その言葉を以前ほど簡単に割り切れなくなっている。


「それでね」


「何?」


「相河くんのファン、結構見に来てたみたいよ」


「…………え?」


 悠里の表情が止まった。


「誰の?」


「相河くん」


「……ファン?」


「知らなかった?」


「…………」


 初耳だった。


「相河くんって元々女子人気すごいじゃない?」


「それは……知ってるけど」


「バスケ部の主将と勝負するって聞いて、女子も結構集まってたみたい」


「…………」


 悠里の眉がわずかに動く。


 面白くない。


 理由は分からない。


 いや。


 本当は。


 少しくらい分かり始めていた。


「それでさ」


 愛梨は楽しそうに続ける。


「試合終わったあとなんて大変だったらしいよ?」


「何が?」


「メガネ外した相河くん、カッコいいって」


「…………」


「写真撮ってた子まで――」


「ちょっと愛梨」


「ん?」


 思ったより強い声が出た。


「その話……本当なの?」


「え?」


「だから」


 悠里は身を乗り出す。


「相河くんのこと見に、女子がたくさん来てたって話」


「本当だけど……」


「…………」


 知らなかった。


 あの時。


 悠里は昴しか見ていなかった。


 周りに誰がいたのか。


 女子がどんな目で昴を見ていたのか。


 そんなこと。


 まったく気にしていなかった。


「っていうか」


 愛梨が不思議そうな顔をする。


「なんで彼女なのに知らないの?」


「っ……」


 まずい。


「いや、それは……」


「一緒にいたんでしょう?」


「いたけど……」


「じゃあ気づかなかった?」


「そういう……ことじゃなくて」


「?」


 説明出来ない。


 だって。


 本物の恋人ではないから。


 そんなことは愛梨に言えない。


「まあ」


 愛梨が頬杖をつく。


「相河くんモテるから大変だね」


「……何が?」


「彼女としては」


「…………」


「心配じゃない?」


「別に」


 即答した。


「へえ?」


「何よ」


「いやぁ?」


 愛梨がニヤニヤしている。


「全然そういう顔に見えないなぁって」


「どういう意味?」


「気になる?」


「何が?」


「相河くんが他の女の子に見られてるの」


「…………」


 胸が。


 ちくりとした。


「気にならないわよ」


「本当に?」


「本当」


「じゃあさ」


 愛梨がスマートフォンを取り出す。


「この子知ってる?」


「誰?」


「二組の――」


「知らない」


「まだ名前言ってないけど」


「…………」


「悠里?」


「なによ」


「もしかして」


 愛梨が面白そうに笑う。


「嫉妬してる?」


「してない!」


 思わず。


 教室中に響くくらいの声を出してしまった。


「…………」


 周囲の視線が集まる。


 悠里は咳払いをした。


「……してないわよ」


「声大きかったけど」


「してないったら」


「はいはい」


「その返事やめて」


「相河くんみたいなこと言うね」


「…………」


 また。


 昴。


 どうして。


 今日の会話は全部あの人に繋がるのだろう。


     ◇


 放課後。


「…………」


 生徒会室。


 俺は書類。


 神代はいつものソファ。


 今日も。


 当たり前のようにいる。


「…………」


「…………」


 なんか。


 今日の神代。


 変じゃないか?


「神代」


「何?」


「機嫌悪い?」


「別に」


「…………」


 今度はこいつか。


「またそれ?」


「何が?」


「いや」


 いつもなら俺が言われる側なのに。


「何かあった?」


「何もない」


「そう」


「…………」


「…………」


 妙な空気。


 俺は仕事へ戻る。


 数秒後。


「相河くん」


「ん?」


「この前のバスケ」


「何?」


「……女子、結構見に来てたね?」


「女子?」


「そう」


「知らない」


「知らないの?」


「試合中に客席なんて見てないし」


「…………そう」


 なんだ?


「何?」


「別に」


「今日それ何回目?」


「いいでしょう」


「いいけど」


 神代はそっぽを向いた。


 意味が分からない。


「神代」


「何よ」


「お前さ」


「何」


「俺が女子に見られてたの、気になるの?」


「…………」


 神代が固まった。


「いや、なんとなくそう見えたから――」


「気にならない!」


「うわっ!」


「全っ然! 気にならないから!」


「分かった! 声!」


「知らない!」


 なんで怒ってるんだ。


「変な奴……」


「誰のせいよ!」


「俺?」


「もういい!」


 ぷいっと顔を逸らす。


 また頬を膨らませている。


 俺はしばらくその横顔を見る。


「…………」


 やっぱり。


 よく分からない。


 でも。


 神代が他の女子の話でこんな反応をすることが。


 なぜか。


 ほんの少しだけ――。


 嫌じゃなかった。


     ◇


 偽装恋人。


 そう決めた。


 私生活には干渉しない。


 本気にならない。


 そのはずなのに。


 俺は神代のことを知り始め。


 神代は俺のことを気にし始めている。


 五月十八日を一緒に過ごすことも。


 他の異性の存在が気になることも。


 最初の契約には。


 どこにも書かれていなかった。


 だとしたら。


 俺たちが今していることは――。


 もしかすると。


 少しずつ。


 **契約違反になり始めているのかもしれない。**

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