第9話 決定事項らしい


神代悠里(じんだいゆり)と恋人のフリをするようになってから。


確かに、女子から告白される回数は減った。


いや。


減ったというより、ほとんどなくなったと言っていい。


以前なら放課後に呼び出されたり、廊下で待ち伏せされたり。


時には友達経由で連絡先を聞かれたり。


正直、面倒だった。


その点だけを考えれば。


神代との偽装交際は成功している。


 ――している、はずなんだけど。


「…………」


「何を考えてるの?」


「別に」


「またそれ?」


「悪かったな」


俺は手元の書類から顔を上げる。


目の前。


生徒会室のソファには、神代悠里。


当たり前のように紅茶を飲んでいる。


「…………」


「何よ」


「いや」


「今、絶対何か言おうとしたでしょう」


「というか神代」


「何?」


「お前、当たり前みたいに生徒会室にいるんじゃねぇよ!」


「いいじゃんね~、川瀬さん」


俺ではなく。


隣でパソコンを操作していた副会長へ話を振る。


「私は構いませんが?」


「副会長……」


 川瀬。


城南大付属城南高等学校、生徒会副会長。


肩まで伸びた髪。


真面目そうな雰囲気。


仕事も早い。


俺が忘れていた仕事まで先回りして片付けてくれる。


生徒会長である俺としては非常に助かる存在だ。


 ――ただ。


最近分かったことがある。


こいつ。


しっかりしているように見えて。


意外と乗せられやすい。


「ほら」


神代が満足そうに笑う。


「川瀬さんもいいって」


「お前、生徒会役員じゃないだろ」


「恋人は?」


「もっと関係ない」


「冷たい」


「普通だろ」


「…………」


神代の表情が。


ほんの少しだけ曇った。


「……またその顔かよ」


「何のこと?」


「最近それやれば俺が折れると思ってない?」


「思ってないけど?」


「本当かよ」


「会長」


「ん?」


川瀬が俺を見る。


「神代さんをいじめるのはよくないですよ」


「いじめてないだろ!」


「私は何も言ってませんけど?」


「神代も便乗するな!」


「会長、女性には優しくしないと」


「副会長まで敵に回るのやめてもらえる!?」


ここ。


生徒会室だよな?


俺。


生徒会長だよな?


なのに。


どうして最近、俺の立場が一番弱いんだ。


「はぁ……」


再び書類へ目を落とす。


女子から告白されることは減った。


確かに減った。


だが。


代わりに面倒事が増えた気がする。


バスケ部主将に勝負を挑まれ。


学校中から妙な視線を向けられ。


気づけば神代が生徒会室へ入り浸るようになっている。


俺が望んでいた平穏な学園生活って。


こんなのだったっけ?


「相河くん」


「今度は何?」


「五月十八日のことなんだけど」


「…………」


来た。


俺たちの誕生日。


昨日、神代と俺の誕生日が同じだと判明した。


それを知った神代は。


『一緒にお祝いしよ?』


だと…?


それはもう嬉しそうに言った。


「何?」


「ちゃんと予定空けておいてね」


「はいはい」


「その返事信用出来ない」


「じゃあどうしろと」


「約束して」


「分かったよ」


どうせ。


断ってもこいつは引かない。


「副会長」


「はい?」


俺は川瀬へ声を掛けた。


「5月18日の野球部の視察キャンセルしておいてくれるか?」


「はい。既に」


「…………」


 ん?


「今なんて?」


「ですから」


川瀬は何事もないように答える。


「5月18日の会長の予定なら、既にキャンセルしてあります」


「…………」


俺はゆっくり手にしていたペンを置いた。


「なんで?」


「私がお願いしたから」


横から神代。


「…………」


こいつ。


何を当然みたいな顔で言ってんだ?


「何を勝手に……」


「ダメだった?」


「…………」


また。


その顔。


眉を少し下げて。


ほんの少し寂しそうな表情。


「いや……」


「会長」


「何だよ」


川瀬まで口を挟む。


「ダメですよ」


「何が」


「神代さんを泣かせては」


「泣かしてないだろ!」


「泣いてないわよ?」


「ほら!」


「でも悲しそうですよ」


「副会長!?」


なんで俺が悪いみたいになってるんだ!


「それに」


川瀬が少しだけ笑う。


「また男子生徒を敵に回しますよ?」


「…………」


その一言で。


嫌な記憶が一気に蘇った。


 食堂。


 廊下。


 バスケ部主将。


あの殺気に近い男子たちの視線。


「……面倒くせぇ」


「相河くん?」


「何でもない」


「じゃあいいよね?」


「何が?」


「5月18日」


神代が嬉しそうに笑う。


「1日、一緒にお祝いするの」


「なんで…。」


「何か問題?」


「昨日そんな話してないだろ!」


「一緒にお祝いしようって言ったじゃない」


「一日とは聞いてない!」


「予定空いてるんでしょう?」


「お前が空けさせたんだろ!」


「結果は同じよ」


「全然違う!」


「会長」


「何!」


「5月18日は終日空けてあります」


「報告しなくていい!」


 川瀬。


 こいつ。


絶対ちょっと楽しんでるだろ。


「川瀬さん、ありがとう」


「いえいえ」


「副会長!」


「何でしょう?」


「簡単に神代の言うこと聞かないで!」


「ですが」


 川瀬が少し考える。


「会長も嫌ではないのでしょう?」


「…………」


「ほら」


神代まで乗ってくる。


「嫌なら、今断ればいいじゃない」


「…………」


そう言われると。


なんとなく。


断りづらい。


別に。


誕生日を一緒に過ごすこと自体が嫌なわけではない。


神代といる時間も。


最近は。


まあ。


そこまで悪くない。


ただ。


素直に認めるのが。


なんとなく癪なだけで。


「……分かったよ」


「本当?」


「ああ」


「やった!」


神代の顔が一気に明るくなる。


「ただし」


「何?」


「勝手に予定キャンセルするのは今回だけだからな」


「分かった」


「本当に?」


「たぶん」


「おい!」


川瀬が笑う。


「楽しそうですね」


「どこが?」


「会長」


「何?」


「神代さんには随分甘いですよね」


「…………は?」


「そうですか?」


神代が嬉しそうに川瀬を見る。


「そう見えますよ」


「副会長」


「はい?」


「俺のどこが甘い?」


「神代さんが少し悲しそうな顔をすると、結局言うこと聞いてます」


「…………」


言われてみれば。


カフェの時も。


今日も。


「いや」


「はい」


「それは……」


なんだ?


上手い言い訳が出てこない。


「相河くん?」


「何だよ」


「顔赤くない?」


「赤くない!」


「そう?」


「そう!」


神代と川瀬。


二人して笑いやがって。


「ったく……」


もう仕事する。


俺は書類へ視線を戻した。


「相河くん」


「今度は何?」


「5月18日、楽しみだね」


「…………」


「ね?」


「はいはい」


「またそれ!」


「楽しみにしてるよ」


「…………え?」


神代が固まる。


「何?」


「今……」


「何」


「楽しみにしてるって」


「言ったけど」


「…………」


そして。


嬉しそうに笑った。


「そっか」


「なんだよ」


「なんでもない」


 なんなんだ。


でも。


まあ。


たまには。


こういう誕生日も悪くないのかもしれない。


5月18日…。


俺と神代が生まれた日。


去年までは。


ただ自分が一つ歳を取るだけの日だった。


それが今年は。


少し違う一日になりそうだった。


――もっとも。


この時の俺はまだ知らない。


神代悠里が。


ただ一緒に誕生日を祝うだけで満足するような女ではなかったことを。


そして。


俺の5月18日の予定が。


俺の知らないところで――。


着々と決定事項になっていたことを。

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