第8話 同じ日


 神代悠里について。


偽装恋人になってから、知らなかったことが少しずつ増えている。


 思っていたより普通の女の子だったこと。


 意外と負けず嫌いなこと。


 甘いものが好きなこと。


 そして――。


 もう一つ。


俺はこの日、とんでもない偶然を知ることになった。


     ◇


「相河くん」


「何?」


 放課後。


いつものように生徒会室で書類を整理していると、ソファに座っていた神代が突然声を掛けてきた。


「あのさ」


「うん」


「来週、私誕生日なんだけど」


「……そうなのか」


 ペンを動かしながら答える。


「おめでとう」


「ありがとう」


「…………」


「…………」


 数秒。


「――って、そうじゃない!」


「うわっ!」


 急に大声を出すな。


「何なんだよ」


「それだけ?」


「それだけって?」


「誕生日なのよ?」


「聞いた」


「来週なの」


「それも聞いた」


「…………」


「何?」


 神代がじっと俺を見る。


 その顔。


 最近分かってきた。


 何かを期待している時の顔だ。


「……お祝いしてくれないの?」


「なんで?」


「誕生日だから」


「だから、なんで俺が……」


「…………」


 また。


 少しだけ寂しそうな顔。


「…………」


 それ。


 ずるくないか?


「またその顔かよ……」


「何のこと?」


「分かってやってるだろ」


「分からない」


「絶対嘘」


 神代は何も言わない。


 ただ、こっちを見ている。


「……ったく」


 俺はペンを置いた。


「いつなんだよ?」


「何が?」


「誕生日」


 その瞬間。


 神代の顔が明るくなった。


「五月十八日!」


「ふーん」


 五月十八日。


 五月十八日ね。


「…………」


 ん?


 待て。


「……ちょっと待て」


「何?」


「今、何日って言った?」


「五月十八日」


「…………」


 俺は机の上のカレンダーを見る。


 そして。


 もう一度神代を見る。


「同じなのか……?」


「何が?」


「誕生日」


「え?」


「神代と俺」


「…………え?」


 神代が固まった。


「俺も五月十八日」


「…………」


 一秒。


 二秒。


「本当に!?」


「うわっ!」


 勢いよく立ち上がるな!


「本当に同じなの!?」


「嘘ついてどうするんだよ」


「そうなんだ~!」


「…………」


 なんだ、その顔。


 さっきまでとは比べものにならないくらい嬉しそうだ。


「そんな喜ぶことか?」


「喜ぶでしょ!」


「なんで」


「だって同じ誕生日よ?」


「だから?」


「すごい偶然じゃない!」


「まあ、珍しくはあるけど」


「運命かも」


「それは言い過ぎ」


「即答しないでよ!」


 神代は明らかに不満そうだ。


 でも。


 すぐにまた笑顔へ戻った。


「相河くんと同じなんだ……」


「そうみたいだな」


「五月十八日……」


「何回確認するんだよ」


「いいじゃない」


 なんなんだ。


 そんなに嬉しいものなのか?


「…………」


 その時。


 俺の中で。


 何かが警告した。


 これは――。


 嫌な予感がする。


 最近。


 この女がああいう顔をすると、そのあと大抵俺が巻き込まれる。


「ねえ、相河くん」


「…………」


 来た。


「何?」


 神代が満面の笑みを浮かべる。


「一緒にお祝いしよ?」


「…………」


 やっぱりか。


「嫌だ」


「なんでよ!」


「面倒だから」


「同じ誕生日なのよ!?」


「それとこれとは別」


「恋人同士なのに!?」


「偽装」


「またそれ!」


 神代が俺の机までやってくる。


「一緒にお祝いしようよ」


「嫌だって」


「ケーキ食べて」


「甘いものそんな好きじゃない」


「プレゼント交換して」


「なんで交換まで」


「誕生日だから!」


「理屈になってない」


「いいの!」


 近い。


 顔が近い。


「分かったから離れろ」


「じゃあ一緒にお祝いする?」


「それは別」


「相河くん!」


「はいはい」


「その返事嫌い!」


「知ってる」


 まったく。


 なんでこんなに楽しそうなんだ。


「…………」


 でも。


 同じ誕生日。


 か。


 不思議な偶然ではある。


「相河くん」


「何?」


「楽しみだね」


「俺はまだやるって言ってない」


「やるでしょ?」


「決定事項にするな」


「じゃあ、やらないの?」


「…………」


 またその顔。


「…………はぁ」


「?」


「分かったよ」


「本当!?」


「一緒に祝えばいいんだろ」


「やった!」


 神代が嬉しそうに笑う。


 その笑顔を見ながら。


 俺は思った。


 この偽装交際を始めてから。


 本当に予定外のことばかりだ。


 知らなかった顔を知って。


 知らなかった好みを知って。


 今度は――。


 誕生日まで同じだった。


「相河くん!」


「今度は何?」


「プレゼント、楽しみにしてるからね」


「…………は?」


「じゃあ私も考えないと」


「待て」


「何?」


「プレゼント交換まで了承した覚えないんだけど」


「誕生日なんだから当然でしょ?」


「誰が決めたんだよ!」


 神代は楽しそうに笑っていた。


 そして俺は。


 少し前まで感じていた嫌な予感が――。


 すでに現実になり始めていることを悟った。


 五月十八日。


 俺たちが同じ日に生まれたという、ただの偶然。


 この時はまだ。


 それが二人にとって、少し特別な一日になるなんて――。


 知るはずもなかった。

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