第7話 寄り道
校門を出て。
俺と神代は並んで歩いていた。
夕方の街。
部活帰りの生徒たちがちらほら見える。
「…………」
「…………」
なんとなく。
妙な感じだ。
普段、一人で帰ることが多いからかもしれない。
「相河くん」
「ん?」
「こっちなの?」
「何が?」
「家」
「ああ」
俺はいつもの道を指差した。
「この先」
「……私も」
「え?」
「同じ方向」
「そうなの?」
「そうみたいね」
少し意外だった。
「家、近いのかもな」
「かもしれないわね」
また歩く。
さっきより少しだけ会話が増えた。
「相河くん」
「ん? なんだ?」
「…………」
神代が少しだけ歩く速度を落とした。
「今日は……ごめんなさい」
「どうした?」
「トラブルに巻き込んだから」
「あぁ……」
バスケ部の件か。
「最初の条件で言ってたでしょう?」
「何を?」
「トラブルに巻き込むなって」
「ああ。言ったな」
「なのに、早速あんなことになって……」
神代が視線を落とす。
珍しく。
本気で気にしているらしい。
「気にするな」
「気にするわよ!」
「そうか」
「そうか、じゃない!」
「でも俺が受けたんだし」
「そうだけど……」
「断ることも出来た」
「それなのに受けたじゃない」
「逃げるって言われたから」
「子供ね」
「うるさい」
神代が少しだけ笑った。
「でも」
「何?」
「ありがとう」
「何が?」
「……なんでもない」
「今日それ多いな」
「いいの」
まあ。
こいつが気にしなくなったなら、それでいいか。
◇
「相河くん!」
「今度は何?」
突然、神代が立ち止まった。
視線の先。
そこには、小さなカフェ。
ガラス張りの店内。
ショーケースにはケーキやパフェの写真。
「…………」
嫌な予感。
「お腹すいた!」
「俺は空いてない」
「即答!?」
「さっき昼食べただろ」
「もう夕方よ」
「普通だろ」
「普通じゃないわ」
「何が」
「高校生が放課後に寄り道するの」
「しなくても死なない」
「夢がない!」
「夢をカフェに求めるな」
神代が店を見ている。
かなり入りたそうだ。
「一人で入れば?」
「相河くんも来て」
「なんで」
「恋人同士なんだからさ」
「…………」
「寄り道くらいしてもよくない?」
「よくない」
「なんでよ!」
「帰る」
「待って!」
「それに」
俺は神代を見る。
「フリだろう?」
「…………」
神代の表情が止まった。
「そう……だけど」
ほんの一瞬。
寂しそうな顔。
「…………」
なんだよ、その顔。
ずるいな。
「……分かったよ」
「え?」
「行けばいいんだろ」
「本当!?」
「ただし俺は食べない」
「やった!」
さっきまでの顔はどこへ行った。
「切り替え早いな」
「気のせいよ」
「絶対気のせいじゃない」
◇
店へ入る。
「いらっしゃいませー」
案内された席へ座る。
神代はメニューを開いた瞬間から目が輝いていた。
「これ美味しそう」
「そう」
「こっちも」
「そう」
「相河くん、ちゃんと見てる?」
「見てるよ」
「じゃあどっちがいいと思う?」
「好きなほう」
「そういう答えじゃなくて!」
面倒くさい。
「じゃあこっち」
「なんで?」
「苺多いから」
「……それにする」
「決めてたんじゃん」
「最後のひと押しが欲しかったの」
「知らないよ」
神代が注文したのは苺のパフェ。
俺はアイスコーヒー。
「食べないって言ったのに飲むの?」
「飲み物は別」
「ずるい」
「何が」
しばらくして。
「お待たせしました」
神代の前にパフェが置かれる。
「…………」
目が輝いてる。
分かりやすいな。
「そんな好きなの?」
「甘いものは好きよ」
「へえ」
「何?」
「また一つ知った」
「…………」
「神代家のお嬢様でも普通にパフェ好きなんだな」
「お嬢様だってパフェくらい食べるわよ!」
「そうなの?」
「そうよ!」
スプーンですくう。
一口。
「……美味しい」
さっきまでの強気な顔が一瞬で緩む。
「…………」
「何?」
「いや」
「また見てたでしょ」
「見てた」
「正直ね」
「幸せそうだなと思って」
「……悪い?」
「別に」
「ならいいでしょ」
神代がまた食べる。
その姿を見て。
なんとなく思った。
こういうところを。
学校の男子たちは知っているんだろうか。
たぶん。
知らない。
俺も。
偽装カップルにならなければ、きっと知らなかった。
「相河くん」
「何?」
「一口食べる?」
「いらない」
「即答しないでよ」
「甘いものそこまで好きじゃない」
「美味しいのに」
「お前が食べればいいだろ」
「恋人なら一口くらい――」
「フリ」
「…………」
「あ」
また。
少しだけ。
神代の顔が曇った。
「……分かった」
「え?」
「一口」
「本当?」
「その顔やめろ」
「どの顔?」
「今の」
「何それ」
神代が笑う。
「はい」
スプーンに苺とクリームを乗せる。
「…………」
「何?」
「いや」
「食べるんでしょう?」
「自分で取る」
「せっかく乗せたのに」
「分かったよ」
一口。
「どう?」
「甘い」
「感想それだけ?」
「でもまあ」
「まあ?」
「美味しい」
神代が満足そうに笑った。
「でしょ?」
「はいはい」
「その返事嫌い」
「知ってる」
◇
店を出る頃。
外は少し暗くなっていた。
「美味しかった」
「よかったな」
「また来ようね」
「なんで」
「恋人だから」
「フリだろ」
「…………」
神代がまたこっちを見る。
「……分かった分かった」
「何?」
「その顔するな」
「どの顔よ」
「知らない」
「変なの」
二人で歩き出す。
「相河くん」
「何?」
「今日はありがとう」
「何が?」
「付き合ってくれて」
「偽装に?」
「違う!」
「じゃあ何」
「カフェ!」
「ああ」
「もう……」
神代が少し前を歩く。
夕焼けの中。
長い黒髪が揺れる。
「相河くん!」
「何?」
「次は違う店ね」
「次あるの?」
「あるわよ」
「勝手に決めるな」
「恋人なんだからいいでしょ?」
「だからフリ――」
言いかけて。
やめた。
「……まあいいか」
「え?」
「何でもない」
神代が笑う。
偽装恋人。
それだけのはずなのに。
こうして一緒に帰って。
寄り道して。
くだらないことで笑う。
少しずつ。
本物の恋人みたいな時間が。
俺たちの間に増え始めていた。
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