第4話 勝負の条件
翌日。
放課後。
「…………」
俺は体育館の前に立っていた。
正直、来る必要があるのか最後まで迷った。
昨日。
バスケットボール部の主将らしい男に突然呼び止められ、
『明日、放課後――体育館に来い』
なんて言われた。
理由は分からない。
ただ。
あの様子からして、神代が関係していることだけは間違いない。
「……面倒くさ」
帰っていいかな。
本気でそう思う。
でも一応、俺は生徒会長だ。
バスケ部の主将から話があると言われて無視するのもどうかと思う。
それに。
ここまで来て帰ったら、なんとなく逃げたみたいで気分が悪い。
「仕方ないか」
体育館の扉を開けた。
◇
中ではバスケ部が練習をしていた。
ボールが床を叩く音。
シューズがコートを擦る音。
俺が入ったことに気づいた何人かが、こちらを見る。
そして。
「来たか」
昨日の男が、コートの中央から歩いてきた。
練習着。
高い身長。
がっしりした体格。
改めて見ると、いかにもバスケ部という感じだ。
「来たけど」
「逃げなかったんだな」
「……帰っていい?」
「待て!」
「じゃあ最初から煽るなよ」
なんなんだこいつ。
「それで?」
「何?」
「話があるんだろ」
「ああ」
男は真っすぐ俺を見る。
「相河」
「うん」
「俺と勝負しろ」
「…………」
沈黙。
「……何の話?」
「一対一だ」
「そうじゃなくて」
「バスケで俺と勝負しろ!」
「だからなんで?」
本気で分からない。
昨日からずっとそうだ。
「神代さんだ」
「…………」
やっぱり。
「お前が神代さんと付き合ってるなんて、俺は認めない」
「いや、お前に認めてもらう必要ある?」
「ある!」
「なんで?」
「俺は――!」
そこで男が言葉に詰まる。
「…………」
「…………」
ああ。
なんとなく分かった。
「お前、神代のこと好きなの?」
「なっ!?」
分かりやすい。
「ち、違う!」
「今ので違うは無理あるだろ」
「とにかく!」
誤魔化した。
「お前が神代さんに相応しい男なのか、俺が確かめる!」
「だから、なんでバスケなんだよ」
「男なら勝負だろ!」
「意味分からない」
価値観が昭和だ。
俺はため息をついた。
「悪いけど帰る」
「逃げるのか!」
ぴく。
足が止まった。
「…………」
その言い方は気に入らない。
「相河!」
「逃げるって?」
「ああ!」
「俺が?」
「そうだ!」
俺はゆっくり振り返った。
「……いいよ」
「え?」
「そこまで言うならやってやる」
周囲のバスケ部員たちがざわつく。
主将が笑った。
「そうこなくちゃな」
「ただし」
俺はメガネを押し上げる。
「条件を決めよう」
「望むところだ」
◇
「相河くん!」
その時だった。
体育館の扉が勢いよく開く。
「…………神代?」
息を切らした悠里が立っていた。
珍しい。
あいつがここまで慌てているところは初めて見る。
「何してるのよ!」
「何って」
「聞いたの! バスケ部の主将と勝負するって!」
「誰から?」
「そんなことどうでもいいでしょ!」
悠里がこっちへ駆け寄ってくる。
「やめなさいよ」
「なんで?」
「なんでって……!」
悠里が主将を見る。
それから俺を見る。
「私のせいでしょう?」
「たぶん」
「たぶんじゃないわよ!」
そう言ってから。
悠里は少しだけ表情を曇らせた。
「……ごめんなさい」
「何が?」
「まさか……こんなことになるなんて思ってなかった」
「…………」
「私はただ、告白されるのが減ればいいって……」
声が少し小さくなる。
たぶん。
本当に想像していなかったんだろう。
偽装カップルになったことで。
俺がこんな形で巻き込まれるなんて。
「神代」
「何?」
「別にお前が謝ることじゃない」
「でも――」
「勝負吹っかけてきたのはこいつだし」
「おい!」
「事実だろ」
主将を指差す。
「それに」
俺は軽く肩をすくめた。
「もう受けた」
「はぁ!?」
「だから勝負する」
「ちょっと待って!」
悠里が俺の腕を掴む。
「断りなさい!」
「嫌だ」
「なんでよ!」
「逃げたと思われるの気に入らない」
「子供!?」
「うるさい」
「相河くん!」
悪いけど。
一度受けると言ったものを今さら撤回する気はない。
「大丈夫だって」
「何が大丈夫なのよ!」
「バスケくらい出来る」
「そういう問題じゃないでしょう!」
悠里が珍しく本気で怒っている。
でも。
残念ながら。
聞く気はなかった。
「で?」
俺は主将を見る。
「条件は?」
主将がボールを手に取った。
「1on1」
「ああ」
「先に15点取ったほうが勝ちだ」
「分かった」
「そして――」
男が俺を指差す。
「俺が勝ったら、神代さんと別れろ!」
「…………」
体育館が静まり返った。
悠里が目を見開く。
「ちょっと!」
俺は思わず額を押さえた。
「……やっぱりそこなの?」
「当然だ!」
「当然じゃない!」
悠里が主将へ詰め寄る。
「私のことを勝手に賭け事みたいに扱わないで!」
「じ、神代さん!」
「私が誰と付き合うかは私が決めるわ!」
「でも!」
「でもじゃない!」
……まあ。
そこは神代の言う通りだ。
たとえ偽装でも。
こいつが勝手に決めていいことじゃない。
「相河くんも断りなさい!」
「…………」
「相河くん?」
俺は少し考えた。
そして。
「いいよ」
「え?」
「その条件で」
「ちょっと待ちなさい!」
悠里が俺を見る。
「何考えてるの!?」
「別に」
「私が嫌なんだけど!」
「負けなきゃいいだろ」
「そういう問題じゃない!」
確かに。
正論だ。
でも。
ここまで言われたら、こっちにも条件くらい付けたい。
「じゃあ」
俺は主将を見る。
「俺が勝ったら?」
「何?」
「お前だけ条件出すの、不公平だろ」
「……いいだろう。何でも言え」
「本当に?」
「ああ!」
言ったな。
俺は少し考える。
そして――。
「じゃあ俺が勝ったら」
メガネを押し上げた。
「今期のバスケ部の予算、減額な」
「…………」
体育館が静まり返った。
一秒。
二秒。
「はぁぁぁぁぁぁぁ!?」
バスケ部全員の声が響いた。
「ちょっと待て相河!」
「何?」
「職権乱用だろ!!」
「勝負挑んできたのそっちだろ」
「だからって予算は関係ないだろ!」
「俺の彼女も関係ないだろ?」
「ぐっ……!」
言葉に詰まった。
悠里が額を押さえている。
「相河くん……」
「何?」
「あなた、思ってたより大人げないのね」
「よく言われる」
「絶対嘘でしょ」
「初めて言われた」
「でしょうね!」
主将が拳を握る。
「いいだろう!」
「え?」
「その条件、飲んでやる!」
「ちょっと!」
今度はバスケ部員たちが主将を止め始めた。
「キャプテンやめてください!」
「部費かかってるんですよ!」
「ボール新調する予定なんですよ!?」
「うるさい!」
体育館が一気に騒がしくなる。
悠里はそんな光景を呆然と見つめていた。
「……嘘でしょ」
たぶん。
自分が偽装カップルなんて言い出した時。
こんな未来は想像していなかったんだろう。
「相河くん」
「何?」
「今からでもやめない?」
「やめない」
「お願いだから聞いて!」
「15点取ればいいだけだろ」
「相手、バスケ部の主将なのよ!?」
「知ってる」
「あなたバスケ部じゃないでしょう!?」
「そうだな」
「だったら!」
俺はネクタイを少し緩めた。
ブレザーを脱ぐ。
そして。
メガネを外した。
「ちょっと持ってて」
「え?」
悠里へメガネを渡す。
悠里はそれを受け取ったまま、固まった。
「……相河くん?」
「何」
「本当にやるの?」
「ああ」
「…………」
俺は体育館のコートへ向かう。
主将がボールを持って待っていた。
「後悔するなよ、相河」
「そっちこそ」
「俺はバスケ部だぞ」
「知ってるって」
「舐めるなよ」
「別に舐めてない」
俺は軽く体をほぐす。
確かに。
俺はバスケ部じゃない。
でも――。
「一つだけ言っとく」
「何だ」
「俺、負けるの嫌いなんだよ」
「…………」
主将の表情が変わった。
少し離れた場所で。
悠里が俺のメガネを握ったまま、こちらを見ている。
「もう……」
小さく呟く声が聞こえた。
「本当に知らないんだから……」
まさか。
偽物の恋人を作っただけで。
こんな騒ぎになるなんて。
たぶん悠里も。
そして俺も。
想像すらしていなかった。
ボールが床へ落ちる。
乾いた音が体育館に響いた。
15点先取。
負ければ――神代と別れる。
勝てば――バスケ部の予算減額。
「…………」
いや。
改めて考えると。
なんなんだ、この勝負。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます