第8話 役場の海舟さん
小道をしばらく歩くと、古びたコンクリート製の四角い建物が見えてきた。
入口には木の板に掠れた文字で「
と書かれている。
扉を開けると、扉の上部に吊り下げられた鈴がカランとした音を立てた。
「やあ、そろそろ来る頃だと思ってたよ」
老眼鏡を外しながら小柄な男性が歩いてきた。
高くも低くもない特徴的な声。人の良さそうな垂れた目でニコニコと笑っている。
役場の“
「やあ、君が宇宙と書いてソラ君だね?良い名前を貰ったね。」
勝さんは腰を屈めて宇宙に笑いかけた。
宇宙は驚いたように僕の足の後ろに隠れた。
分からなくもない。
勝さんは良い人なんだけど、何故かその笑顔には胡散臭さが漂っている。
「あらら、怖がられちゃったかな?」
勝さんは気にしてるでも無さそうにそう言って僕に笑いかけた。
「すみません。どうも大人しい子みたいで…緊張してるんだと思います」
僕は軽く頭を下げた。
「どうぞ、座って」
勝さんはケロッとした笑顔で、応接スペースのソファを手で指した。
ソファに宇宙と並んで腰掛けて事情を説明した。
「うん。大体の事は祭ちゃんから聞いてたよ。先生の大叔母さん?から聞いたらしくてね」
アイスコーヒーを僕に、オレンジジュースを宇宙に出してから、勝さんはファイルを取り出した。
「まず先生が住んでる宿舎の持ち主、つまり市に問い合わせたんだけどね。家族で住むのは問題ないそうだ。先生の前任者も家族で住んでいたから、問題ないとは思ってたけどね。これ、届出用の書類。必要事項を書き込んで僕に持ってきてくれたら手続きするよ」
スラスラ説明しながら、勝さんは1枚の紙を僕の前に置いた。
「それから、引き取るって事は養子縁組するって事かな?」
「いえ、父親が帰ってくるまで預かるつもりです」
「なら後見人手続きが必要だね。これは家庭裁判所に申し立てする必要がある。」
「裁判所…」
「宇宙君の場合母親が亡くなっていて父親が失踪してる訳だからちょっとレアケースだね…」
勝さんは広くなった額を撫でながら呟いた。
「まあ、先生の場合は独身とはいえ収入も安定してるし、親族からの推薦があってのことだし、それほど複雑な事にならないとは思うけど…知り合いの弁護士に連絡しておくよ」
「弁護士…」
ふわっとしてた事が現実味を帯びてきた様な感覚で、僕は顔を強張らせた。
宇宙が不安そうな顔をしている。
そんな僕らを見ながら勝さんが微笑んだ。
「別に先生だけに責任を押し付ける為の手続きじゃないんだよ。あくまで子供の権利を守り尊重する為の法手続きだ。分からないことは人に聞きながら暮らせばいい。皆一緒だよ」
「はい…ありがとうございます」
諸々確認でき次第勝さんが連絡をくれることになった。
役場の出口で勝さんは宇宙にラムネ菓子を手渡しながら笑いかけた。
「改めて宇宙君。星の川村へようこそ。」
宇宙はおずおずとした感じでラムネ菓子を受け取ると、僕の足にしがみついたままペコリと頭を下げた。
「あはは、可愛いなぁ」
勝さんは楽しそうに笑うと、その笑顔のまま僕の肩をポンと叩いた。
「先生も、頑張ろう」
「はい」
僕は頷いてからお辞儀をして役場を後にした。
◆◆◆
一通り村の人を訪ねて、昨日のお礼と挨拶を終わらせた頃には、もう日が暮れていた。
僕はいつの間にかビニール袋を提げていた。
その中には貰った野菜やお菓子がパンパンに詰まっている。
小道を歩いて天文台まで戻っていると、宿舎の前に背の高い男の人が立っているのが見えた。
後姿でわかるビシッと決められた7:3の髪―
「教授!!」
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