第5話 ふわふわ卵…とは?

体中がバキバキになっているのを感じながら僕は目を覚ました。

久々に使った寝袋はやはり寝心地が良くは無かった。

まさか宿舎の居間で寝袋で寝る日が来ようとは…


頭を掻いてから寝袋のジッパーを下げてノロノロと這い出る。

居間から奥の和室を覗くと、布団の上に小さな膨らみがあるのが見えてホッとした。


出来る限り足音を立てないように台所に向かう。

キッチンではなく台所という表現が似合う。

タイムスリップしたかのようなタイル張りの台所だ。


辛うじて竈(かまど )ではないレベルの古いガス台にフライパンを乗せ、いつものように卵を割り入れようとして手を止めた。


「目玉焼き…食べるかな…?」


僕は独り呟いた。

必死で施設のご飯の時間を思い出そうとするが、自分以外の年下の子達がどうしていたかが思い出せない…

自分の事で必死だったから…

そんな言い訳を誰にするでもなく思い浮かべた。


子育て経験などない僕には、4歳の子供が何をどれくらい食べるのかが分からなかった。


ギッと板の鳴る音がしたので振り返ると、柱の陰から真ん丸な目がコチラを覗いていた。


「あ…寝れた?」


とりあえずフライパンを片手にそう聞くと、黙ったまま宇宙はこくんと頷いた。

目の前の光景を夢だと思っているような顔だった。


「目玉焼き…食べる?」


「ふわふわたまごたべる。」


「ふわふわ卵…?」


難問だ…。


「オムレツって事?」


「ふわふわたまごだよ」


宇宙は側にやってきて僕のスウェットズボンをちょっと掴んだ。


拝啓、会ったこともない従姉妹のあっちゃん…

ふわふわ卵とは何でしょう?

スクランブルエッグですか?

オムレツですか?

それともまさか、かの有名なモン・サンミッシェルのあの泡オムレツの事でしょうか…


「何付けて食べるの?」


「ケチャップ!」


「それ…オムレツじゃない?あとは何が食べれるの?朝、ご飯でいい?」


「ウインナーがカニさんで、ふわふわたまごがぽんって」


ああ…

話が通じない…

子供語難しい…


「解った。ウインナーとふわふわ卵だな。頑張る。火を使う。ちょっと危ないから離れてて」


宇宙は聞き分けの良い子だった。

僕に離れてと言われると、頷いてすぐに柱のところまで下がり、僕をじっと見つめてきた。


まずはカニさんウインナーだ。

これは見たことがあるからできると思う。


僕はウインナーの袋を冷蔵庫から取り出した。

まな板の上でウインナーを縦半分にし、両サイドに切り込みを入れてフライパンで炒める。

ゴマで目をつけたら完成だ。


こんなの…毎回やってらんないだろ普通…

お皿にカニさんウインナーを取り出しながら

あっ…

と思った。


ウインナーなんてこんな事しなくても食べられる。僕は何の切り込みも入れずにただ炒めて食べている。

だって別にこれで栄養価が上がるわけじゃない。

だからこれは…

そう、きっとこれは…

“愛”なんだ。


日々の食卓で、従姉妹がその子供に伝え続けた愛を思って、僕は目の奥が熱くなった。

この一手間を、従姉妹はどんな表情で、どんな思いでやっていたのだろう…


従姉妹の在りし日に思いを馳せながら、作ったこともないふわふわ卵を作るべく、僕はボウルに卵を割り入れた。

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