第4話 星空の下で
僕が近づくと、宇宙はしゃがんだまま顔だけをあげて僕を見た。
不安と悲しみと少しの安心が混ざった表情…
僕はこの表情を過去に見たことがある。
「怪我はない?」
僕がそう聞くと宇宙は黙ったまま頷きを返した。
「良かった。帰ろう」
「………」
差し出した右手を見つめながら、宇宙は小さく首を振った。
「日が暮れる。ここは危ないから帰ろう」
僕はしゃがんで宇宙と視線を合わせ、もう一度言った。
宇宙は、さっきより大きく首を振った。
「どうして?」
「ボク…」
小さな声がした。
「じゃまなんでしょう?」
目に涙を滲ませながら俯く子供を前に、僕は言葉が出なかった。
「そんなことはない」そう言うべきなんだろう。
でも、さっきまで大叔母に引き取りたくないと言っていたこの口で、果たしてその言葉を言う資格はあるのだろうか…
「だから…ママのとこに行く」
宇宙の決意のこもった声を聞いて、心の奥底に鉛を飲み込んだような感覚になった。
どうして忘れてた?
子供は馬鹿じゃない。
大人の言葉を理解してなくても、煩わしいと思われてることは敏感に感じ取る。
いつも空気を読んでいる。
そしてやっと理解した。
この表情をどこで見たのか、
いつも周りの空気を読みながら生きていたのは誰か…そうだ。
この子は僕だ。
両親を失い
何も持たずに世間に放り出された
あの日の僕なんだ。
僕はそっとその小さな身体を抱きしめた。
あの日の僕が欲しくて、でも貰えなかった温もりを伝えるように。
あの日の自分を助けるように。
「この丘より…」
僕は震える声で言った。
「さっきいた天文台の方が綺麗に星が見えるんだ。僕は星の先生だから嘘じゃない」
宇宙の肩に手を置いて黒目がちの目を見ながら言った。
「一緒に星を探しに行こう」
今度は、宇宙は首を振らなかった。
僕が差し出した手を、小さな手がそっと握った。
ゆっくりと歩き出した。
僕の一歩についてくるために三歩歩かなきゃいけない小さな足で、よくもここまで来れたものだと感心した。
でも、このペースはちょっとまずい。
僕もライトを持ってない。
急がないと本格的に遭難だ。
「乗って」
僕はしゃがんで宇宙に背中を向けた。
遠慮がちに宇宙が僕の肩を持った。
小さな身体をおんぶしながら獣道を下っていく。
背中が熱い…
子供は体温が高いって本当なんだな。
それに案外重い。
これが繋がってきた命の重さなんだと思うと
何故だが涙が出そうになった。
雑木林の出口のあたりには幾つもの光が見えた。
村総出で探してくれていたらしい。
「あ!せんせー!」
祭さんが駆け寄ってきた。
「見つかったの!?良かった〜!」
僕の背中を見て安堵の息を吐いた祭さんが大声で周りに叫んだ。
「見つかったってー!」
祭さんと僕ともう一人を除けば、平均年齢79歳の村人達は
口々に「よかった」と言って帰っていった。
明日お礼にまわらないと。
僕がそう思っていると
「もう暗くなるし遠慮しないで!」
という祭さんの声がした。
見ると大叔母の腕を祭さんが掴んでいる。
「部屋はあるから泊まってってよ!」
「いえ、あの、私は…」
「ほらほら!こっちだよ」
勢いに圧されて、まるで連行されるように大叔母は連れて行かれた。
この村の人達…特に祭さんは心にパーソナルスペースが無い。
僕も村に来たばかりの頃は驚いた。
人がいなくなって静かになった小道を歩き、天文台まで戻ってきた。
宇宙と展望デッキに登り、暗くなった空を見上げた。
「な?綺麗に見えるだろ?」
僕がここに移住した理由。
満天の星空が広がっていた。
宇宙は口を開けて目を輝かせている。
どうやら都会育ちらしく、こんなに星があるのを見たことがなかったようだ。
「ママ…いる?」
僕の服の裾を摘んで宇宙が首を傾げた。
「どうだろう?でも笑ってるみたいだろ?」
「わらってる?」
「そう。きらきらって笑ってる。」
宇宙はじっと空を眺めた。
「ママ…わらってる?」
「うん。夜になると宇宙に会えるから嬉しいんだよ」
微かに、宇宙が笑ったように見えた。
「なあ、宇宙」
自分でも何故?と思いながら僕は宇宙に言っていた。
「宇宙のパパが帰ってくるまで、ここでママと待ってなよ」
宇宙がキョトンとした顔をした。
「夜になるとほら、ここなら星がいっぱい見えるからさ。さみしくないだろ?」
僕は宇宙の前にしゃがむと、その目を見て笑って言った。
「宇宙が良いなら、ここに居なよ」
あの日…
僕にこう言ってくれる大人がいたら…
今までに何度もそう思った。
今僕はそれを言える側になったんだ。
宇宙は迷いの表情で俯いて、それから小さく
本当に小さく頷いた。
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