序章『魔王邂逅』2

「……魔王って何だよ!?」


 ……聞いてしまった。


「見えても分からんか。そりゃそうじゃろうな。魔王と言うのはな――」


「その子を離せ!」


 天使が叫ぶ。


 俺も必死に老人の腕を振りほどこうとする。

 しかし、ビクともしない。

 こんなの、大人と子どもの差じゃない。

 まるで鉄でできているみたいだ。


「くっくっくっ……そう暴れるでない」


 老人は楽しそうに笑った。


「今から魔王の何たるかを見せてやる」


 老人が、三人の天使へ向き直る。


「お前ら、天使の力を見せてくれるか?」


 不敵な笑みを浮かべる。

 その瞬間、天使の一人が叫んだ。


「これより、魔王・徳川宇宙(とくがわそら)を捕縛する!

「行くぞ!」


 後方にいた天使が銃を構える。


 轟音。


 発砲された銃弾が、老人へ向かって飛ぶ。

 老人は右手を前に出した。


 ――受け止めた?


 いや。

 違う。


「……え?」


 銃弾が、消えている。


 何もない。

 まるで、最初から存在していなかったみたいに。


 その隙を狙って、二人の天使が左右から槍を突き出す。

 老人は避けない。

 槍の刃先が、その身体へ届く――


 はずだった。


 しかし、二本の槍は、老人の身体に触れる寸前で止まった。


 いや。

 止まったんじゃない。


 刃先が――


 ない。


 見るからに業物だった槍の先端が、綺麗に消えている。

 残された棒の切断面から、白い湯気が立ち上っていた。


「な……」


 天使の一人が絶句する。

 老人は笑った。


「どうした?」


 間を置かず、後方の天使が両手を掲げる。

 眩い光が集まっていく。


「まだだ!」


 光が放たれる――

 その瞬間、俺の身体が宙に浮いた。


「え――」


 老人が俺を放り投げたのだ。


「うわああああっ!」


 落ちる。

 身体が宙を舞う。

 地面が迫る。

 怖い。

 死ぬ。

 そう思った瞬間――


「……え?」


 身体が止まった。

 老人の腕の中だった。


「ほれ」


 何事もなかったかのように、老人が俺を抱えている。


 俺は震えながら、周囲を見渡した。

 三人の天使が倒れている。

 白銀の鎧は砕け、翼は地面に叩きつけられ、誰一人として立ち上がれない。


 一瞬だった。

 何が起きたのか、何一つ分からなかった。


 ただ一つだけ、分かったことがある。

 この老人は、「強い」なんて言葉では表現できない地点にいる。


「離して――ユウを離して!」


 アウレが必死に懇願する。

 あれほどの強さを持つ老人に、恐れることなく詰め寄っている。


「お嬢ちゃん」


 老人がアウレを見る。


「坊主は返してやる」


 そう言って、俺を地面へ下ろした。


「……え?」


 俺は呆然と老人を見上げる。

 老人は、そんな俺を見下ろしながら笑った。


「お前ら、強くなりたかったら――」


 一瞬だけ、老人の目が鋭くなる。


「自分の悪魔……いや、能力と、よく向き合うことじゃ」


「……悪魔?」


 俺が聞き返す。


 老人は答えなかった。


「わしは月の女神様に用があってな」


 老人が、街の中心を見上げる。


「ここの軌道エレベーターを借りるぞ」


 そして、こちらに背を向ける。


「さらばじゃ」


 老人は歩き始めた。

 俺もアウレも、ただその背中を見送っていた。


 ――その時。


 ゴォォォォォン……。


 遠くで、低い音が響いた。


「……何?」


 アウレが振り返る。


 ゴォン。


 ゴォン。


 ゴォン。


 音が、次第に大きくなっていく。

 この街に、空はない。

 巨大な建造物に覆われたこの場所では、外の様子を見ることすらできない。


 だからこそ――


 その音が、何なのか分からなかった。


「……何か、来る」


 俺が呟いた。

 次の瞬間。


 ――ドォン!!


 街の中央の、巨大な扉が開いた。


 その向こうから、白い光が差し込んでくる。


 一人。

 また一人。

 さらに一人。

 白銀の鎧をまとった天使たちが、次々と姿を現した。


「……!」


 その数は、さっきの三人とは比べものにならない。

 十。

 二十。

 五十。

 いや、それ以上。


 白銀の鎧と純白の翼が、街を埋め尽くしていく。

 その列は、終わりが見えない。


「魔王・徳川宇宙を確認!」

「軌道エレベーターへの侵入を阻止せよ!」

「全隊、展開!」


 無数の声が重なる。

 巨大な施設そのものが震えているようだった。


 俺は息を呑んだ。

 さっきまで、あの三人を一瞬で倒していた老人。

 その老人を――

 こんな数の天使が追っている。


「……徳川」


 俺が呟く。

 老人は足を止めた。

 そして、ほんの少しだけ振り返る。


「気にするな」


 口元が笑っている。


「お迎えが来たようじゃな」


 そう言って、老人は再び歩き出した。

 白銀の軍勢の中へ。

 その背中は、まるで何百人もの天使など存在しないかのように悠然としていた。


 大軍の中から、一人の天使が歩み出た。

 白銀の鎧。

 他の天使とは違う、黒い装飾が施されている。


「我こそは第3天使師団団長、リューレ・アークフェル・エル=ヴァレンティア!」


1歩前に出る。


「――通称、悪魔殺しのリューレ」


 その声が、巨大な施設内に響き渡る。


「一騎打ちを所望する」


 老人は立ち止った。


「魔王・徳川宇宙」


 リューレは剣を抜いた。


「貴様の悪魔を、殺す」


 その瞬間。

 リューレの身体から、黒い何かが溢れ出した。

 俺には、それが何なのか分からない。

 ただ――

 嫌な感じがした。

 老人が初めて、笑うのをやめた。


「ほう……お主も魔王か」


「そうだ。」


 リューレの右腕が、異形へと変わっていく。


「私は――魔王になった天使だ」


 そして、剣を構える。


「魔王を殺すためにな」


 老人が右手を掲げた。

 何かが起こる――

 そう思った。

 けれど、何も起こらない。


「これは……?」


 老人が右手を見る。

 その間に、リューレが踏み込んだ。

 速い。

 老人が避ける。

 しかし、今までのような圧倒的な余裕はない。


「これが悪魔殺しだ。貴様の悪魔を封じる!」


 剣が振り抜かれる。

 老人の頬が裂けた。


「……なるほどのう」


 老人が血を拭う。

 リューレはもう一度踏み込む。

 二人の姿が交錯する。

 一撃。

 二撃。

 三撃。


 街の壁が砕ける。

 床が割れる。

 それでも老人は倒れない。

 だが――

 避けることしかできない老人は、少しずつ追い詰められていく。


 そして最後。

 リューレの剣が老人の胸元で止まった。


「終わりだ」


 次の瞬間。

 大量の鎖が老人の身体へ絡みついた。


「――捕縛!」


 天使たちが一斉に動く。

 老人は抵抗しない。いや、できないのか?

 ただ、俺の方を見た。

 その目が――

 ほんの一瞬だけ、俺を捉えた。

 そして微笑んだ。

 …ような気がした。


 そして徳川宇宙は、天使たちに連れていかれた。

 その後、街の奥の牢に入れられたらしい。

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魔王の宿主 水守 朝凪 @AsanaM

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