第6章 第四十七層へ

第22話 深い場所へ、使い道を増やして

 夏の間は、街の修理と短い依頼を繰り返した。

 折れた橋の代わりをかける現場では、セナが氷で足場を作り、俺が橋脚の空洞を探した。ミアは作業する人へ水を配りながら、転落防止の結界を張った。

 剣を抜かない仕事にも、三人分の報酬が付いた。


 風が涼しくなった頃、俺たちは第三十一層から先へ向かう準備を始めた。


 街を動かしていた大きな結晶の脈動は止まったが、細かな破片には、ごく弱い揺れが残っていたと研究所から知らせが来た。

 力を出しているのは、さらに深い場所だろうという。

 そこを確かめ、街へまた同じ群れが来るのを防ぐ。

 目指していた深層探索に、もう一つ理由ができた。


 セナが卓上へ地図を広げる。


「第四十七層までは、過去の道が残ってる。全部同じ形かは分からないけど」

「使える転移盤は?」

「三十層の庭園から先は、途中に一つ。四十層の手前よ」


 帰り道と物資を分けて考えた。

 食料を増やすと薬を置く場所が減る。ミアが包みを小さく作り直し、セナが凍らせて保つ食材を選ぶ。


 俺は何となく、縄の予備を二束追加した。

 セナに見つかった。


「何を結ぶつもり?」

「まだ分からない」

「じゃあ一束で」


 一束だけ残した。

 代わりにミアが乾いた布を三枚増やしたので、重さはあまり変わらなかった。


 出発の朝、俺は玄関の鍵をかけた。

 もう借家の鍵ではない。

 帰る場所をポケットへ入れ、二人の後を追った。


     *


 新しい柄巻きは、少し薄すぎた。

 共鳴剣を強く握ると、手の皮が痛む。


「厚くすると、分かりづらくなるかい」


 迷宮へ向かう途中に立ち寄った武具店で、女主人が聞いた。


「少し。でも、斬るたびに握り直す方が危ないです」


 薄い布の下へ細い革を一本だけ入れてもらった。

 握る場所は柔らかく、指の腹には金属の震えが残る。

 最後に、柄の輪へ落下防止の革紐を付けてもらった。


 女主人は、道具の名前ではなく俺の手を見て調整した。

 俺も剣を買ったときより、自分に必要なことを言えた。


 第三十二層の休息所で、その柄の具合を試した。

 岩へ刃を当て、セナに離れた場所を叩いてもらう。

 空中の音と、手を伝う震えが二つ届いた。


 耳栓をしてもう一度。

 音は弱くなるが、手の震えは変わらない。


「鐘喰いみたいな相手でも、触れれば分かる」

「触るまでが大変よ」とセナ。

「そこは手伝ってくれるだろ」


 彼女がうなずいた。


 ミアは結界を岩の間へ置き、今度はその面を叩いた。

 震えは途中で切れた。


「私の壁越しだと、地面の震えも通りづらくなるわね」

「じゃあ、立つ位置を覚えておく」


 俺は壁の端へ移った。

 向こうの岩の音が、また届いた。


 ほんの数歩の違いだった。

 俺たちはその数歩を何度か確かめてから、夕飯の鍋を火へかけた。


     *


 第三十四層の魔物は、切り口から蔓を伸ばした。

 俺が斬った腕を拾い上げ、あっという間につなぎ直す。


「それ、ずるいだろ」


 魔物は返事をせず、また腕を振った。

 セナの氷で片脚を止め、俺は後ろへ回る。

 背中に刃を入れる。浅い傷ができたが、そこへ緑の筋が集まって閉じた。


 俺は切っ先を離す前に、震えを聞いた。

 傷の場所へ魔力が集まってくる。毎回、左の腰から来ている。


「根がある。左腰」


 セナが氷を放った。

 魔物は腕でかばう。腕を壊しても、また生えるだけだ。


 ミアが短い結界を足元へ置いた。

 魔物の踏み出す脚だけを邪魔し、体を前へ倒す。


 俺は腕ではなく、地面へついた蔓を斬った。

 左腰がむき出しになった。


 そこへ一撃を入れる。

 硬い粒が割れた手応えがあり、全身の緑の筋が急に細くなった。


 セナの次の氷弾が胸を貫いた。

 今度は傷が閉じない。


 魔物が崩れると、俺は左腰の破片を拾った。

 種のような小さな魔石だった。


「全部切り落とすより、楽だな」

「最初の腕二本分は働き損だったわね」

「覚えるための授業料だ」


 ミアが破片を袋へ入れた。


「教材も売れるといいね」


     *


 湿原の向こうに、細い白い花が咲いていた。

 依頼されていた深層の薬草だ。

 セナがいつものように足場を凍らせかけ、ミアが止めた。


「根を冷やすと、花が閉じるの。薬になる部分も傷む」


 俺は泥へ剣先を入れた。

 見た目は同じでも、硬い地面は少し奥にある。

 足を置ける位置へ小石を載せる。


 セナは土へ触れないよう、石と石の間に氷の足場を渡した。

 いつもより魔法が細い。杖を持つ手の動きも慎重だった。


 ミアが先へ行き、花を包んだ。

 俺は彼女の足元を確かめ、セナは揺れる氷を支える。


「一株でいい?」

「依頼は一株。残す分があるから、来年も来られる」


 ミアは根元の泥を一緒に包み、湿らせた布へ収めた。

 持ち上げると花が少し揺れた。


 帰りに、小さな水の魔物が足場へ体当たりした。

 俺が剣を向けるより早く、セナが氷の板を斜めに立てる。

 魔物は滑り、反対側の池へ落ちた。


「倒さないのか?」

「戦ったら花を落とすでしょ」


 確かにそうだった。


 休息所へ着いて包みを開くと、白い花はまだ開いていた。

 ミアがほっとしたように息を吐く。


「よかった。これなら、ちゃんと薬にできる」


 俺たちは報酬の額を確かめる前に、花を三人で覗き込んだ。


* * *


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