第23話 三人で進む道、治療院の窓
石の猿が五匹いた。
腕は長く、素早い。俺が一匹を追うと、残りがセナの方へ回ろうとした。
俺は追いかけるのをやめた。
「セナ、右の二匹をまとめられるか」
「あと少し寄れば」
俺は左へ踏み込み、先頭の猿だけを斬った。
後ろの二匹が俺を避け、右へ寄る。
セナの氷が床から伸び、二匹を一度に凍らせて倒した。
残りがミアへ跳んだ。
俺は先に倒れた柱を蹴り、小石を散らした。猿が足場を変える。その瞬間、ミアの結界が背中側へ出た。
跳び越そうとしていた猿が、そこへぶつかった。
猿が地面へ落ちる前に、俺は斬った。
最後の一匹は、セナの氷槍が仕留めた。
戦いが終わり、俺は剣を下ろした。
自分が走った距離は短かった。
「今日はずいぶん楽だったね」とミア。
「倒しやすいのを、そっちへ送ってみた」
「私は荷受けの窓口じゃないわよ」
セナが言ったが、口元は笑っていた。
俺は魔物の魔石を集めた。
最近、敵の位置を聞くときに、二人の立っている場所も自然と分かるようになっていた。
どこへ追えば、セナの魔法が通るか。
ミアが壁を出すには、どこを空ければいいか。
「次も試していいか」
「猿より重い荷物は、先に言ってね」とミア。
セナが杖で俺の肩を軽くつついた。
「私の氷が間に合う範囲なら、何匹でも」
頼もしいことを言う。
俺は、その範囲をもう少し広げてみたくなった。
*
夜の洞窟は冷えた。
火を小さくし、見張りを交代する。
俺の番にセナが起きてきた。
「まだ寝てていいぞ」
「寒くて目が覚めたの」
俺は毛布を持ち上げた。
セナは迷わず隣へ入り、肩を寄せた。
近くにいるのに、焚き火より温かかった。
「未来の私は、こういうことも教えてくれた?」
「いや」
「じゃあ、覚えて。寒いときは、こっちを空けておくの」
俺は彼女の側へ毛布を引いた。
セナはその下で手を探り、俺の指をつかんだ。
しばらく、火の音だけを聞いた。
彼女の髪が頬へ当たる。寝起きのせいか、いつもより柔らかく広がっていた。
「この先、怖くないか」
俺が尋ねると、セナは少し考えた。
「怖いわよ。でも、来たいと思ってる。ちゃんと」
「俺も」
「だったら、戻りたい日は戻るって言って。私も言うから」
俺はうなずいた。
それを弱音と呼ばなくていい相手がいるのは、ありがたかった。
セナが俺の肩へ頭を預けた。
「少しだけ、このままでいい?」
「ああ」
彼女の呼吸がゆっくりになる。
俺は一度、頬へ唇を寄せた。
「起きてるわよ」
小さな声がした。
俺が動きを止めると、セナが目を閉じたまま笑った。
「止めなくてもいいのに」
離れた寝床で、ミアがわざとらしく寝返りを打った。
俺たちは二人とも黙り、それから声を殺して笑った。
*
第三十九層の崖で、道が途切れていた。
地図では岩橋がかかっている。今は橋の中央が大きく落ち、向こう岸まで二十歩以上あった。
セナが氷を伸ばしかけた。
崖下から熱い風が上がり、先端が溶ける。
「根元なら持つけど、向こうまで届かない」
ミアが崖の幅を見て、腕を組んだ。
「私の壁は一枚で渡せない。でも、途中に立つ場所があれば」
俺は崖へ剣を当てた。
霧の奥に岩の出っ張りがある。見えないが、風の返り方が違った。
「少し右下。足場が一つ残ってる」
小石を投げると、硬いものへ当たる音がした。
ミアがその位置へ斜めの結界を伸ばした。
「私が先に行く。壁を渡ったら、その先を作る」
俺は止めなかった。
ミアの腰に結んだ縄を確かめ、もう一端を握って、彼女が下りるのを支えた。
透明な坂の先で、ミアの靴が岩へ着く。彼女が腰の縄をほどいた。
セナが結界の表面へ薄く氷を張り、足を置く位置を見えるようにした。
俺たちは一人ずつ渡った。
ミアが次の面を作り、俺がその先の硬さを聞き、セナが滑りを防ぐ。
向こう岸へ着くと、ミアは両手を腰へ当てて空を見上げた。
「たまには先頭もいいね」
「毎回、崖じゃなくていいけどな」
「次はお店の列にしておく」
俺は縄を巻き取った。
余分に持ってきた一束が、今日はちゃんと役に立った。
*
第四十層手前の転移盤を使い、俺たちは一度地上へ戻った。
薬を補充し、深層で採った花を届ける。
ミアは薬屋から出た後、通りの端にある空き家の前で止まった。
窓が広く、入口に段差が少ない。
「ここ、いいなと思ってたの」
彼女はガラス越しに中を覗いた。
「治療院?」
「うん。帰還した人が、ギルドの順番を待たずに寄れる場所。夜に帰ってくる人もいるでしょう」
セナが隣へ立った。
「ここなら入口を少し広げれば、担架も通るわね」
「薬棚は奥。窓が大きいから、傷も見やすい」
ミアは中へ入れないのに、家具を置く場所まで指で示した。
「冒険は、やめるのか?」
聞くと、彼女は振り返った。
「やめないよ。全部一人で診るつもりじゃないもの。信頼できる人と一緒にやる」
俺は安心した。
その顔を見て、ミアが笑う。
「置いていかれると思った?」
「少し」
「だったら、もう少し稼がせて。先生を雇うお金も必要だから」
セナが窓の埃を指で拭った。
「戻ったら、ここを見に来ましょう」
ミアはうなずいた。
その夜、俺たちは家の食卓で治療院の間取りを描いた。
ミアが診察室を広げ、セナが薬庫を増やし、俺が玄関の椅子を一つ減らす。
「患者さんを立たせる気?」
「俺が座って待つ場所を減らしただけだ」
ミアは笑いながら、椅子を戻した。
その後も、窓の位置、薬を届けてもらう扉、夜に灯りを置く場所が次々に増えた。
俺が片付けた皿の代わりに、紙が食卓を埋める。
「今夜、全部決めるのか?」
「もう少し。夜中に急患が来たとき、どこで寝ていたらすぐ出られるかだけ」
「ミアが一人で全部やらない、って話だったでしょう」
セナが窓の絵の脇へ、もう一つ小さな机を描いた。
「一緒に働く人の席。忘れてる」
ミアは紙を見下ろした。それから、描きかけていた自分の寝床を消す。
「……夢中になってた」
「知ってる。今日はここまで」
セナはそう言って、紙を重ねた。
ミアが、俺の淹れ直したお茶を両手で受け取った。
* * *
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