第19話 守る街に、氷の線を引く

 救護室だけでは足りず、ミアはギルド裏の庭を治療場所に変えていた。

 洗った布が紐へ渡され、庇の下に椅子が並ぶ。

 見習いの治癒術師たちへ、ミアが短く仕事を割り振る。


「歩ける人は右。出血している人はこちら。薬の瓶は開けた順に、そこへ置いて」


 俺は水桶を運び、セナは薬を冷やす箱を作った。

 言われなくても次に必要なものが少しずつ分かるようになったが、治療そのものへ勝手に手は出さなかった。


 ミアは傷へ光を当てながら、座っている人に話しかける。


「その手袋、いい革ね。穴が小さくて済んだ」

「買ったばかりなんです」

「ちゃんと働いたわね。帰ったら労ってあげて」


 相手の肩が少し下がる。

 次の人が呼ばれる。


 俺は彼女の横へ水を置いた。


「休めるか」

「あと二人診たら。結界用の魔力は残してあるから、入口が破れたら教えて」

「分かった」


 ミアはそれ以上無理を隠さず、実際に二人を診た後で椅子へ座った。

 セナがパンを半分渡す。


「食べながらでいいから、休んで」

「今はあなたが先生ね」


 ミアはパンをかじった。


 庭へ運び込まれる人は、少しずつ減った。

 警鐘はまだ鳴っていたが、この場所には仕事の順番と、人の呼吸が戻っていた。


     *


 おかみが大鍋を運んできた。

 いつもの食堂から、手押し車で持ってきたらしい。


「皿は返してよ。鍋も」


 言いながら、広場で待つ人へ温かい汁をよそっていく。


 俺が手押し車を押すと、彼女はすぐ俺の外套に気づいた。


「あんた、また裂いてるね」

「今日のは仕方ないです」

「繕えるうちに帰ってきな」


 汁を一杯渡された。

 忙しいと言いかけたが、腹が鳴った。

 おかみが勝った顔をした。


 セナと並んで飲んだ。

 塩気と温かさが胃へ落ち、指先の震えが落ち着く。


「店、大丈夫ですか」

「鍋を置けるなら、そこが店だよ」


 彼女は次の器を取った。

 俺は空の器を返した。


 その後、俺たちは西坑口からもう一組を迎えに行った。

 戻る人の荷物の中には、薬袋や灯りが残っている。それらを救護所へ渡してもらうと、空いた手で担架を運べる人が増えた。


 塔の側で大きな衝撃がした。

 地面を伝う震えが、靴底へ届く。

 小型の群れではない。


 俺は塔へ向き直った。


「何か、でかいのが上がってくる」


 セナが杖を握った。

 ミアも庭の椅子から立ち上がる。見習いへ短く後を頼み、俺たちのところへ来た。


「ここへ入れないで済む位置で、止めよう」


 東の入口から、小型の魔物があふれた。

 槍を持った警備の人たちが通りを塞いでいたが、横道まで手が回らない。


 セナが道路へ杖を当てた。

 氷の壁が、店先をかばうように伸びる。

 魔物は壁に沿って走り、俺の待つ広場へ集まった。


「全部止めるより、走る先を変える!」


 セナの声に、警備隊が場所を変えた。

 俺は飛び込んできた犬型の魔物を斬った。次は低く来る。跳ぶ前の脚の音を聞き、先に体を外す。


 ミアの結界は救護所の門を守っていた。

 後ろへ漏れた一匹が透明な壁へぶつかる。振り返った俺より早く、セナの氷弾が仕留めた。


「前だけ見て!」


 俺は返事をし、次へ向き直った。


 群れが薄くなったところで、塔の入口が鳴った。

 石を押す、低い音。


 白い角が、扉の上へ突き出した。

 次に甲殻の頭。四本の太い脚。


 巨大な獣が、肩で門を押し広げて外へ出た。

 胸に黒い結晶が付いている。人の胴ほどもある結晶が、あの四つの脈動を打った。


 周囲の小型の魔物が、一斉に向きを変えた。

 獣の足元へ寄り、そこからまた街へ散っていく。


 俺は剣の柄を握り直した。


「こいつを止める」


 セナは息を吐き、杖を両手で構えた。

 ミアの結界が、俺たちの後ろで一段厚くなった。


* * *


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