第5章 街の人たちが、俺の名を呼ぶ

第18話 知っている道で、人を帰す

 第六層で、魔物が逃げていた。

 採取をしている人を見ても襲わず、狭い道へ押し合うように入っていく。


「群れが移動してる」


 俺は通路の壁へ剣を当てた。

 遠い足音の下に、低い脈動があった。

 四度鳴り、少し空いて、また四度。


「最近、下の方でも聞いたな」


 セナが足元の黒い欠片を拾った。

 響石を採ったとき、荷車へ混じっていた結晶に似ていた。水のような光沢があり、握ると微かに震える。


「これの音?」


 セナが結晶を近づけると、脈動が強くなった。

 だが、セナが魔力を流しても、それに合わせて鳴るわけではない。


「どこかと一緒に動いてるのかも」


 俺たちは採取を切り上げた。

 帰り道で会った組へ、魔物が集まっている方向を伝える。ギルドの受付も、同じ報告を何件か受けていた。


「上層に巡回を増やします。結晶も預かっていいですか」

「どうぞ」


 見本を渡した後、俺は家へ戻った。

 靴を脱ぐときも、耳の奥に四つの脈動が残った。


 夕飯の途中、地面が軽く震えた。

 杯の水面に細い輪ができる。


 ミアが椅子を引いた。

 セナが窓を開けた。


 迷宮の塔から、警鐘が鳴り始めた。


 外へ出ると、塔の入口から探索者が次々に戻っていた。

 腕をかばう人。仲間の肩を借りる人。荷物を置いてきた人。

 皆、背後を振り返っていた。


 受付の女性が広場で人数を数えている。


「第二層まで魔物が上がっています。東側の入口を閉じます!」


 俺たちは彼女の所へ走った。


「残ってる人は?」

「第一層の待避所に数組。昇降路が混んでいて、すぐ上げられないの」


 足元から、無数の爪音がした。

 低い脈動が、昼間より近い。


 俺はセナと顔を見合わせた。


「別の出口、あったよな」

「西坑口。神殿の管理路がつながってる」


 セナは地図を開き、第一層の横穴を指した。

 今の階段と交わらず、地上の西側へ出られる。


 職員へ道を示すと、女性はすぐ別の係を呼んだ。

 西坑口の扉を開けてもらう。


「俺たちは中へ行きます。こっちへ誘導する」


 ミアが俺の腕へ触れた。


「私は地上に治療場所を作る。二人で迎えに行ける?」

「ああ。出口まで頼む」


 彼女はうなずき、救護室の方へ走った。

 俺とセナは、今出てくる人の流れを避け、階段へ下りた。


 地下は熱く、息苦しかった。

 逃げてきた魔物の群れが、遠くで壁を削っていた。


 待避所の扉は、内側から支えられていた。

 俺が声をかけると、細い隙間から目がのぞいた。


「西の出口へ案内します。歩けない人は?」


 足を痛めた女性が一人いた。

 セナがその場で添え木を氷で固め、仲間に肩を貸してもらう。俺は通路へ戻り、魔物の位置を聞いた。


 右は近い。

 左の横穴なら、まだ爪音がない。


「順番に。俺の後ろへ」


 セナが最後尾へ回る。

 途中で小型の魔物が一匹、通路へ飛び出した。俺は逃げる人から離れる方へ回り、斬り伏せた。

 その後ろで、硬い甲殻がきしんだ。

 初めてセナと倒したのと同じ魔物が、通路いっぱいに爪を持ち上げる。

 後ろから、誰かが息をのんだ。


「下がらなくていい。壁側へ寄って」


 右膝が鳴る。次の踏み込みは分かった。

 俺は爪の振り出しへ半歩だけ先に入り、開き始めた膝の裏を斬った。共鳴剣が途中で止まらず抜ける。

 傾いた首が下りてくる前に、反対の足を払った。

 魔物は横倒しになった。喉へ一撃を入れ、剣を引く。通路の半分は空いたままだった。


「通れます。歩ける速さで」


 荷物を抱えた女性が、倒れた甲殻を見てから俺を見た。


「今の、一人で……」

「後ろは、セナが見ていますから」


 振り返ると、彼女は杖を下ろさずにうなずいた。列の最後尾から、次の魔物を寄せつけずにいてくれた。

 初めてのときは、膝の隙間を見つけても踏み込めなかった。今はその隙間が開く前から足を動かせる。

 俺は先の曲がり角へ耳を向けた。


 曲がり角では、セナが氷の壁を残した。

 振り返って人数を数えるより早く、後ろから足音が全部ついてきていると分かった。


 西へ続く管理路は薄暗かった。

 神殿からの道は下へ続いている。俺たちは上りの枝を選ぶ。


「こっちで合ってるの?」


 不安そうな声がした。


「大丈夫。出口に仲間がいる」


 最後の坂を越えると、地上の灯りが差した。

 外ではミアが待っていた。


 彼女は負傷者を受け取り、すぐ長椅子へ座らせた。

 俺は壁へ手をつき、息を整えた。


 セナが隣へ立ち、汗を拭う。


「隠し道、売るだけにしなくてよかったわね」


 俺はうなずいた。

 先ほど助けた女性が、遠くから深く頭を下げた。


* * *


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