第10話 椅子は三つ、声は今年の冬から
研究所の買い取り額を聞いたとき、俺は椅子へ座り直した。
神殿の調整石は、状態のよい物がほとんど回収されていなかったらしい。予備部品にも値が付き、三人分に分けても袋がずっしり重かった。
セナは受け取った袋を持ち上げ、俺を見る。
「何を買う?」
「……まず、宿代」
「もう払ってあるでしょう」
「来月の宿代」
ミアが肩を揺らした。
「なくなる心配をしなくていいように、先に取っておけば?」
俺は食事代と宿代、装備の修理代を分けた。
それでも十分に残る。
ギルドでは、神殿の攻略とこれまでの成果を合わせて、俺とセナのC級への昇格が決まった。新しい資格では二十五層まで潜れる。
ミアと同じ文字の牌になった。
「追いついた」
「喜んでばかりいられないね。私も働かなくちゃ」
ミアは冗談めかして言い、それぞれの牌を並べた。
文字は同じでも、傷の数は彼女のものが一番多かった。
帰りに部屋の話になった。
俺の宿には、濡れた装備を干す場所がほとんどない。セナの部屋は机に晶と部品を並べると、食事の皿を置けなくなる。ミアも薬を安定した温度で保管したいと言う。
「仕事用に、家を一軒借りない?」
セナが提案した。
「三人で使う拠点。部屋が別なら、そのまま住めるし」
俺は足を止めた。
「住むのか。三人で」
「嫌?」
「嫌じゃない。ちょっと、急に広い話になった」
ミアが通りの貸家の札を指した。
「見てから決めよう。広い話なら、広い家がいいね」
*
一軒目の家は、雨漏りしていた。
晴れていたので、案内の女性は気づかないまま二階へ進んだ。俺が天井を叩くと、板の裏で水が揺れた。
二軒目は、階段が鳴った。
それは構わなかったが、三段目だけ内部が柔らかく沈む。大家に直してもらうことにした。
庭には井戸があり、三つの寝室と、小さな作業部屋がある。
「ここがいい」とセナ。
「薬棚を置くなら、北側の部屋ね」とミア。
俺は台所を見た。
窓があり、鍋を二つ並べられる。食事のたびに膝へ皿を載せなくて済む。
「ここにしよう」
家賃を払った後、俺たちは家具を買いに行った。
セナが選んだ椅子は見た目がきれいだったが、座ると机に対して低かった。
俺が選んだ椅子は安かったが、一脚だけ傾いていた。
「二人とも、座ってから選ぶ」
ミアに言われ、店先で三人並んだ。
通りを歩く人に何度か見られたが、最後には全員の足がきちんと床へ着く三脚を選べた。
夕方、まだ食器の少ない台所で煮込みを作った。
セナが野菜を切り、俺が鍋を見て、ミアが棚へ薬を収める。順番に手が空き、気づけば全員で鍋を覗いていた。
「もういいんじゃないか」
「にんじんが硬い」
「薄く切ればよかったかしら」
「明日も作るんだし、覚えておこうよ」
出来上がるまで、もう少しかかった。
窓の外が暗くなり、買ったばかりのランプを灯す。
俺は三つの皿へ煮込みを分けた。
椅子を引く音が続く。
自分の家でもないのに、帰ってきた気がした。
*
セナに貸した靴下が返ってきた。
洗って畳まれ、ほどけていたつま先まで繕われていた。
「そこ、穴が開いてたから」
「悪いな」
「借りたものを返すだけよ」
彼女はすぐ作業机へ戻った。
俺は靴下を引き出しに入れた後、そのまま机の横へ椅子を運んだ。
神殿で拾った部品には、伝声晶の枠と合うものがあった。
セナが接点を合わせると、石の中の数字が増えた。
「動いた」
ミアも台所から来た。
青い面に、三つの受信記録が並ぶ。最初に出会った日、外套を買った日、水没神殿へ入った日。
その隣に、送信日があった。
今年の十一月十九日。
俺は壁の暦を見た。
まだ四月だ。
「半年以上先じゃないか」
セナが日付を指でなぞった。
「受けた日の方は合ってる。送られた日だけ、全部同じ日」
「未来から?」とミア。
誰も、すぐには答えなかった。
俺は最初の声を思い出した。泣いても、叫んでもいなかった。ただ、俺の名前を知っていた。
外套を褒めたときの口調は、今のセナの口調より少し気安かった。
「未来のお前、俺とまだ一緒にいるらしいな」
口にしてから、妙に親しげな言い方をしたことに気づいた。
セナは晶から俺へ目を移した。
「嫌なの?」
「いや。ありがたい」
「だったら、ちゃんと装備を干しておいて。未来の私に、毎回言わせたくないから」
背後でミアが笑った。
俺は立ち上がり、玄関に置きっぱなしの外套を取りに行った。
今年の冬のことを考えるとき、初めて、宿代以外の予定が浮かんだ。
* * *
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