第6話 新しい牌と、第六十層の声

 新しい牌には、俺の名前と、その下にDの文字が刻まれていた。

 同じ金属なのに、古い牌より少し重く感じた。


「第二十層までの探索が可能になります。帰還記録を忘れずに」


 受付の女性が、俺の名前の書かれた紙を別の束へ移した。採取の臨時要員ではなく、討伐を引き受ける組の束だった。


「音が消える相手を倒せたんですね」

「仲間の合図を見ていました」

「では、それも書いておきます。音が聞こえる場所でしか動けない、ということではないんですね」


 俺はうなずいた。今度、新しい札を持ってきたときには、彼女が見る欄も一つ増えている。


 受付の女性が説明を終えると、俺はもう一度牌を裏返した。名前は変わっていない。スキル欄も《聞き耳》のままだ。

 それで、いいらしかった。


「何度見てもDよ」


 セナが肘でつついてくる。


「文字が落ちないか確かめてる」

「食事中に汁へ落とさなければ大丈夫じゃない?」


 祝いは、いつもの食堂だった。

 ミアがメニューを一巡してから、俺たちへ目を向ける。


「一品追加って、全員で一品?」

「一人ずつです」とセナ。

「じゃあ、私は魚の包み焼き」

「俺は厚切り肉」

「私はりんごのパイ」


 誰も譲らなかった。

 おかみが笑って厨房へ注文を伝えた。


 料理が並ぶと、テーブルが一気に狭くなった。

 俺が肉を切っている間に、セナは魚を一口もらい、ミアはパイの端を予約した。厚切り肉も当然のように小皿へ移っていく。


「頼んだ意味がなくないか」

「全部食べられるんだから、あるわよ」


 セナが自分のパイを俺へ分けた。温かいりんごの甘い匂いが、肉の皿に混ざった。


 こんなふうに食卓がにぎやかになるとは、ひと月前には思っていなかった。

 俺は杯を持ち上げた。


「二人とも、ありがとう」


 ミアが杯を合わせる。

 セナも続いた。触れる瞬間、彼女が少し首を傾ける。


「次は、もっと深いところね」

「ああ。行こう」


 食べ終わるまで、俺は牌を一度も出さなかった。


     *


 食堂を出ると、セナが晶を調べたいと言った。

 古道具の店に寄り、店主の女性に枠の裏を開けてもらう。


「中は傷んでないね。表の目盛りがずれてるだけだ」


 細い工具が銀の枠を持ち上げた。

 裏に刻まれていた文字を、セナが小さな声で読む。


「受信、蓄積……八枠。こんなところにあったのね」


 枠を正しい位置へ合わせると、石の中に小さな数字が浮かんだ。

 俺は店の台へ手をつき、覗き込んだ。


 第六十層。


 聞いたことはある。迷宮は六十層まで続いていると、入口の古い石碑に書いてある。

 だが、人が実際に到達した記録は四十七層で止まっていた。


「これ、どこの数字ですか」

「送り元の場所だろうね。日付の方はまだ表示できないようだけど」


 店主が晶を返す。

 セナは鎖を首へかけ直し、服の上に出したまま見つめた。


「誰も辿り着いていない場所から、私に似た声が来たってこと?」


 俺は晶を耳へ近づけた。

 声はしなかった。店の奥の時計ばかりが、規則正しく鳴っていた。


 外へ出た後も、セナはしばらく黙っていた。


「いきなり行くつもり?」とミアが聞く。

「無理だ。今日Dになったところだぞ」

「よかった。お祝いしたばかりで、説教したくなかったから」


 セナが顔を上げた。


「でも、いつかは行けるかしら」


 通りの向こうに、迷宮へ下りる塔が見えた。

 昨日まで第十層ですら遠かった。今日は、そこから帰って飯を食った。


「まず二十層へ行こう」


 俺は牌を服の内側へ戻した。


「次は、その先。声の相手が本当にお前なら、どこかで追いつけるだろ」


 セナが俺を見た。それから、少し笑った。


「先に着いて、驚かせてやりたいわね」


 彼女は晶を襟の内側へしまった。

 ミアが明日の休みを確認し、俺たちは市場へ寄って、次の探索で食べるパンを買った。


* * *


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